日本のメディアでは昔から、「朝日のトドメ」「ピリオドのNHK」と言われてきた。どんな流行もブームも「朝日新聞の紙面に載り、NHKが放送したらもうオシマイ」という意味だ。

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その朝日新聞が4月22日付のオピニオン面で、Adoが歌う「うっせぇわ」の特集を組んで報じた。特集では、歌手の泉谷しげるが「怒れ 世の中に向けて叫べ」と唱え、漫画家の松本千秋が「遊んだっていいじゃない」と語った。読み応えのある特集だった。

NHKが扱ったかどうかは知らないが、その4日前にはTBSがAdoのリモートインタビューを流した。インタビューアーはタレントの林修。最近の民放はNHKに似てきたので、この大ヒット曲も賞味期限切れ、ということだろう。

それでも、私の中ではまだ終わっていない。その強烈な歌唱力と抜群のリズム、時代を切り裂くような歌詞がなかなか消えない。謎めいたところが多く、調べてみたくなる。

  クソだりぃな
  酒が空いたグラスあれば直ぐに注ぎなさい
  皆がつまみ易いように串外しなさい
  会計や注文は先陣を切る
  不文律最低限のマナーです

と来て、一呼吸置いて「はぁ うっせぇ うっせぇ うっせぇわ」と勢いよく弾き飛ばす。コロナ禍でふさぎ込む社会にナイフを突き立てるようなフレーズだ。

これを18歳の女子高生Adoが歌って去年の10月にリリースし、3月にはユーチューブでの再生回数が1億回を超えた。けれども、肝心のAdoのプロフィールはまるで分からない。先のインタビューでも、林は動画配信のイラストの顔に向かって聞いていた。

本人の公式サイトによれば、小学生のころの夢は漫画家かイラストレーターになること。「地味で内気で根暗で、クラスの端っこで絵を描いているような人間だった」という。小学校の国語の授業で狂言『柿山伏』を教わり、シテ(主役)とアド(脇役)という言葉を知った。「アド」という言葉の響きに惹かれ、それを名乗ることを決めたという。

彼女にとって、音楽への扉を開いてくれたのはレコードでもCDでもなく、ニコニコ動画だった。ほどなく、ヤマハの音声合成ソフト「ボーカロイド」に出合い、中学2年から音楽活動を始める。自宅のクローゼットに防音をしてパソコンで録音、動画サイトに投稿する形でデビューしたが、名前も素顔も明らかにしていない。

彼女のように「ボーカロイド」で楽曲を作り、投稿する音楽家を「ボーカロイド・プロデューサー」、略して「ボカロP(ピー)」と呼ぶことも初めて知った。演歌やポップスのように、「ボーカロイド」というのが、今や音楽のジャンルの一つになっている。

とはいえ、高校生に「うっせぇわ」の作詞はできない。想像力がいくら豊かでも「不文律最低限のマナー」には思い至るまい。2番目の不思議、誰が作詞作曲をしたのか。それを調べていったら、またもやアルファベットの人物「syudou (しゅどう)」にたどり着いた。

彼も「ボーカロイド」で育ち、動画で楽曲を発表してきた音楽家の一人だ。同じように名前もプロフィールも明らかにしていないが、大学を卒業した後、会社勤めをしたことがあるという。

 最新の流行は当然の把握
 経済の動向も通勤時チェック
 純情な精神で入社しワーク
 社会人じゃ当然のルールです

という歌詞を紡げるだけの経験を重ねたようだ。

3番目の疑問。こうした「ボカロP」の収入源はどうなっているのか。昔のレコードやCDの売り上げとは収益構造がまるで異なる。ネットから音楽をダウンロードして楽しむ「ストリーミング」からの収入に加え、動画配信のユーチューブからの広告収入が大きいようだ。

ユーチューブのビジネスモデルを紹介しているサイトによれば、ユーチューバーの国内トップ100人の平均年収は3000万円を超えるのだとか。投稿した動画を1人クリックするたびに、動画に表示される広告の収入が0.1円程度、投稿者に支払われる。1億回再生されれば、単純計算で投稿者には1000万円が支払われる。動画をチャンネル登録した人数に応じた支払いなどもあるので、それも別途、手に入る。

映像活用提案会社「サムシングファン」によれば、動画のチャンネル登録者数が1万人なら20万円、3万人なら50万円ほどの登録料が毎月、ユーチューブから支払われるので、十分に暮らしていける。もちろん、動画をクリックすることで企業などから支払われる広告収入の取り分は、運営会社のユーチューブの方が多数の投稿者の総収入よりはるかに大きい。

ユーチューブは2005年にカリフォルニア州で設立され、翌2006年に16億5000万ドル(当時のレートで約2000億円)でGoogleに買収された。発足当初、この会社は動画の共有サービスに徹しており、売り上げはほとんどなかった。その会社にGoogleは巨費を投じた。

「投資に見合う収益を上げられるわけがない」との見方もあったが、Googleは提供する動画に広告をリンクすることで、この会社を「打ち出の小槌」に変えた。恐るべし経営戦略である。

話がそれた。「うっせぇわ」の七不思議の残り。ユーチューブにアップされたこの曲のミュージックビデオのイラストも切れ味鋭い。作者は誰かと調べたら、またWOOMAという名前が出てきた。分かったのは、ロングヘア―の女性だということだけ。皆さん、プライバシーを大切にしているようだ。

「この曲にダンスの振り付けをして踊ってみました」という動画も観た。これまた、すごい。高校ダンス界の強豪、大阪府立登美丘高校の振付師、akane(宮崎朱音)が振り付けたことまでは分かったが、踊り手がこの高校の生徒なのか、どこを舞台にしたのかはついに分からなかった。

残りの不思議は「この曲を一段と魅力的にしているドラムの演奏者は誰か」と「歌い手のAdoと作詞作曲のsyudouを支えて曲を世に送り出した音楽会社Virgin Music で全体を統括したのは誰か」の二つ。2人とも、並々ならぬ才能の持ち主だろう。

Adoは自らのサイトで「今は私の曲を聴いてくださる方々の代わりに戦える存在に、誰かの人生の脇役になれたらと思っています」と綴っている。そう、世の中はますます生きにくくなってきた。そんな時代だからこそ、刃のような音楽を聴きたい。        (敬称略)



*メールマガジン「風切通信 86」 2021年4月25日


≪写真のSource & 説明≫
◎高嶺ヒナの「うっせぇわ」コスプレ
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2102/18/news096.html

≪参考サイト≫ *ウィキペディアのURLは省略
◎「うっせぇわ」特設ページ Ado
https://www.universal-music.co.jp/ado/usseewa/
◎ウィキペディア「Ado」「syudou」「VOCALOID」「akane(振付師)」
◎ユーチューバーの収入は?徹底解説
https://richka.co/times/28437/#:~:text=YouTube%E3%81%AE%E5%8D%98%E4%BE%A1%E3%81%AF%E3%80%811,%E4%B8%87%E5%86%86%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82
◎Youtubeで稼げる金額はいくら?(株式会社サムシングファン)
https://www.somethingfun.co.jp/video_tips/youtube_income
◎ユーチューバーの収入の仕組みや平均年収は?
https://career-picks.com/average-salary/youtuber-syuunyuu/
◎「うっせぇわのMV制作のWOOMAがテレビ初出演」
https://news.mynavi.jp/article/20210412-1868725/