*メールマガジン「風切通信 47」 2018年3月16日

 森友学園への国有地売却に関する決裁文書を書き換えて国会に提出した財務省の幹部を訴追すべきか否か。検察の内部は「これを見過ごせば、世間から『検察もしょせんは権力の手先か』と見られる。立件すべきだ」という積極派と、「刑法の条文に照らせば、起訴するのは難しい」という消極派に割れている、と報じられています。

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 佐川宣寿(のぶひさ)・元理財局長らの行為は何罪にあたるのか。確かに悩ましい問題です。まず、公文書偽造・変造罪は無理です。この罪は、民間人であれ公務員であれ、作成権限のない者が公文書を作った場合に適用される条文だからです。権限のある公務員が嘘の公文書を作った場合は虚偽公文書作成罪にあたりますが、書き換えた文書にはでたらめな事が書いてあるわけではありません。今回のケースは、ほとんどが「元の決裁文書にあった肝心の部分を削除した」というもので、「虚偽公文書」と言えるかどうか。「淡々と事実を記しただけ」と言い逃れをする可能性があります。

 もちろん、問題は削除した内容です。安倍晋三首相の昭恵夫人が森友学園の開設を熱心に応援していたこと。何人もの政治家が秘書を動かして国有地の売却が森友学園側に有利になるように働きかけたこと。売り手の財務省が譲渡に際して特別な計らいをしたこと。何があったのかを理解するのに欠かせない重要な事柄がことごとく削除されていました。

 なぜ、こんな事をしたのか。森友問題が発覚した直後、安倍首相は国会審議で「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」と大見えを切りました。国会対策にあたる財務省の幹部としては「国のトップを辞めさせるわけにはいかない」としゃかりきになった、と多くの人は推測していました。そして、明らかになった元の決裁文書は、真相がその推測通りだったことをはっきりと示しています。

 なのに、上記のような理由で、公文書偽造罪も虚偽公文書作成罪も適用するのが難しい。公用文書等毀棄罪という条文も取り沙汰されています。公文書を捨てたり、焼却したり、隠したりした場合の罪です。「毀棄(きき)」というのは物理的に棄損した場合だけでなく、その文書の効用や意味合いを損なうことも含みますから、この条文なら適用可能かもしれません。他人の犯罪に関する証拠を隠滅したり、偽造もしくは変造したりした場合に適用される証拠隠滅罪にあたる可能性もあります。

 と、刑法演習のようなことをこまごまと書き連ねてきました。人を訴追して裁く以上、やはり法律にのっとって行うことが法治国家の大原則だからです。しかし、今回の決裁文書書き換え問題のポイントは、「法治国家が想定していないような手法で法治国家の屋台骨を揺るがす悪事をした人間がいる。これをどうやって裁くか」という点にあります。官僚によるこのような行為は、文字通り前代未聞のことです。

 日本の現行刑法は明治40年(1907年)にドイツ刑法をお手本にして作られました。戦後、天皇に対する不敬罪が削除されたり、1980年代にコンピューターの普及に伴って電子計算機損壊等業務妨害罪が新設されたり、幾度か改正されていますが、ほとんどは100年前に制定された当時のままです。つまり、公文書偽造にしろ虚偽公文書作成にしろ、当時の人たちが「官僚が犯す罪はこういうもの」と想定して作った、ということです。法律は常に保守的で、いつも時代を追いかける宿命にあるのです。

 では、前代未聞のことが起きた場合、法律家は何を頼りにすべきなのか。「時代の制約を受ける法律」を杓子定規に適用するのではなく、「歴史の中で育まれてきた叡智と規範」に深く思いを致し、今ある法律を許される範囲内で柔軟に使いこなす、ということではないでしょうか。そういう思考に立てば、国会でうそとごまかしを連発した佐川元理財局長らを起訴し、その背後で彼らにそのような犯罪行為を強いた人間たちをあぶり出すことはできるはずです。検察が為すべきことを為すよう期待します。

 安倍首相よ。あなたには、財務省幹部の刑事責任追及を待つまでもなく、やるべきことがあるのではありませんか。よもや、衆人環視の場で「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」と明言したことを忘れたわけではないでしょう。「関係していたこと」がはっきりしたのですから、さっさと身を引いて、頭でも丸めて、「日々これ懺悔」の暮らしに入ってはいかがでしょうか。

【追補】(第5段落の後に以下の文章を追加します)
 佐川氏らには背任罪の適用も考えられます。その場合には、今回の決裁文書の書き換えではなく、国有地を大幅に値引きして森友学園に売却した行為そのものを「国に、ひいては納税者に損害を与えた犯罪」と捉えて立件することになります。地中深くにありもしないゴミがあったとして8億円も値引きして売却したのですから、証拠固めさえしっかりすれば、十分に立件可能でしょう。



≪参考記事、文献&サイト≫
◎3月13日の河北新報4面「森友文書改ざん 専門家2氏に聞く」の郷原信郎(のぶお)弁護士のコメント
◎3月13日の読売新聞社会面の記事「大阪地検特捜部 財務省中枢の関与注目」
◎『岩波基本六法』(岩波書店)の刑法
◎『刑法綱要 各論』(団藤重光、創文社)
◎「日本の刑法および刑法理論の流れ」(川端博・明治大学教授)
https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/1411/1/horitsuronso_69_1_117.pdf


≪写真説明&Source≫
◎財務省の決裁文書書き換え問題について、参議院予算委員会で陳謝する安倍晋三首相(HUFFPOSTのサイトから)
https://www.huffingtonpost.jp/2018/03/13/abe-moritomo_a_23385038/