*メールマガジン「風切通信 46」 2018年3月12日

 去年の夏、あるセミナーで参加者の一人が「朝日新聞はいつまでネチネチと森友問題を書き続けるんだ。国有地の値引きと言ったって、たかが8億円の問題じゃないか。小さな問題だ。北朝鮮の核開発問題とか、世界経済の動向とか、ほかにいくらでも大きい問題があるだろう」と発言しました。

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 自由討論の時間でした。その場にいた私は、あまりにも露骨な政府寄りの発言に驚き、即座に反論しました。「小さな問題ではない。この国の在り方と制度の根幹にかかわる問題をはらんでいる。権力を笠に着て、国民の財産を官僚たちが好きなように処分している。しかも、それが発覚するや、嘘とごまかしで逃げ切ろうとしている。こんなことがまかり通ったら、世の中がおかしくなる」

 あれから半年。森友学園に対する国有地の払い下げ疑惑を包んでいた霧がようやく晴れてきました。3月2日に朝日新聞が「森友学園との国有地取引の際に財務省が作成した決裁文書がその後、書き換えられ、国会には別の文書が提出された疑いがある」とスクープしました。もとの決裁文書は押収されて、大阪地検特捜部にあります。その文書を入手した、と報じたのです。

 オリジナルの決裁文書にあって、国会に提出された文書から削除された文言で重要なのは「森友学園との取引は特例的なものであり、特殊性がある」という記述と「学園の提案に応じて鑑定評価を行い、価格提示を行う」という二つの文言です。これらの記述は、財務省の高級官僚たちが「森友学園の小学校開設は安倍晋三首相の息のかかったプロジェクトである」と認識し、「前例にとらわれず特別な計らいをする」と決めて実行したことをはっきりと示しています。

 国会の質疑は正式な文書をベースにして行われます。このオリジナル文書を提出すれば、言い逃れはできません。そこで、国会での答弁に差しさわりのある表現は削除もしくは書き換えて別の決裁文書を作り、それを提出した疑いがある、というのです。報道の通りなら、国会をないがしろにし、国民をあざ笑うような所業です。戦後、営々として築いてきた政治や行政の在り方を覆すような暴挙と言うしかありません。それが「小さな問題」であるわけがありません。

 国会での森友問題審議で中心的な役割を果たしたのは、当時の財務省理財局長、佐川宣寿(のぶひさ)氏です(その後、国税庁長官に就任)。彼は当然、この決裁文書の書き換えにも深く関与していたと考えられます。国有財産を管理する要職にあり、その後、国税庁長官に就いた官僚が政治と行政の根本を揺るがすようなことを行った疑いが濃厚です。スクープから、すでに10日たちました。問題のオリジナル文書を入手したのは朝日新聞だけのようですが、毎日新聞はその後、財務省の別の決裁文書を情報公開で入手し、その文書にも「本件の特殊性」や「特例処理」という文言があった、と報じました。さらに、NHKも検察の当局者が「オリジナルの決裁文書が大阪地検特捜部にあることを認めた」と伝えました。朝日新聞の報道が事実であることを間接的に補強するものでした。

 嘘とごまかしで森友疑惑の追及をかわそうとしてきた安倍政権と財務省は追いつめられています。財務省近畿財務局の担当職員は自殺、佐川国税庁長官は辞任しました。財務省は決裁文書を書き換えたことを認める方針を固めたようです。しかし、佐川氏が辞任し、決裁文書の書き換えを認めたことで決着するような事ではありません。

 佐川氏ら財務省幹部は複数の市民団体から、国有財産を不当な価格で売却した背任容疑や関連の公用文書を毀棄(きき)した容疑、さらに証拠隠滅の容疑で告発され、検察はこの告発を受理しました。高級官僚たちがどのような罪を犯したのか。なぜ、そのような行為をするに至ったのか。検察はきちんと調べて訴追し、それをつまびらかにしなければなりません。官僚たちにこのような行為をさせたのは安倍晋三首相とその周辺の人々であり、その責任も問われなければなりません。

 森友・加計学園問題について、朝日新聞は特別な取材チームをつくって追及し続けています。昨年2月に最初の報道をしてから1年余り。よくぞ、問題の核心を記した決裁文書に辿り着いたものです。その粘り強い取材に、わが古巣ながら畏敬の念すら覚えます。新聞記者には強制的な捜査権限はありません。日本の新聞記者はお金を払って情報を取ることもしません。「こんなことが許されていいのか」という思いで取材相手に肉薄するしかないのです。その誠意と熱意が通じた、ということでしょう。

 その思いに誰かが打たれて、オリジナルの決裁文書を見せたのです。可能性としては財務省の職員か検察官かのいずれかですが、後者と見るのが自然でしょう。その人物の行ったことは形式的には「国家公務員に課された守秘義務違反」ということになります。けれども、この世の中には「守秘義務」よりも重いものがあります。人として何を為すべきか、という物差しです。その人は胸に手を当てて深く考え、託するに足る人間に決裁文書を託した、と考えられます。

 「天網恢恢(てんもうかいかい)、疎(そ)にして漏らさず」という中国の故事を思い起こさせる展開です。天の網は広くて大きい。粗いように見えても悪事を見逃すことはない、という言い伝えです。お天道様に顔向けできないようなことはしない。それが社会の隅々にまで行き渡る世の中にしていく。そのために為すべきことは何か。森友・加計学園疑惑で問われているのは、そういうことだと思うのです。


≪参考記事&サイト≫
◎2018年3月2日以降の朝日新聞、毎日新聞、NHKの報道
◎佐川宣寿・財務省理財局長、武内良樹・財務省国際局長ら7人の告発状(公用文書等毀棄罪)
http://shiminnokai.net/doc/kokuhatsu170510.pdf
◎「天網恢恢、疎にして漏らさず」について(「故事ことわざ辞典」サイト)
http://kotowaza-allguide.com/te/tenmoukaikai.html


≪写真説明≫
◎辞任した佐川宣寿・国税庁長官(中日新聞の公式サイトから)
http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2018031002000101.html