*メールマガジン「風切通信 39」 2017年10月25日

 総選挙での自民党の圧勝をどう受けとめればいいのか。新聞を読みながら、つらつら考えました。古巣の朝日新聞には「なるほど」とうなずく解説も、「そういう見方もあるのか」と目を見開く記事も見当たりませんでした。世界と日本を見渡す「鳥の目」の記事もなければ、時代の流れを映し出す「魚の目」の論評もない。どのページをめくっても、「虫の目」の記事ばかり。「選挙の朝日」と呼ばれた日は遠い。

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 安倍首相が大嫌いであることだけはよく分かりました。23日付朝刊の1面で編成局長が「おごりやひずみが指摘され続けた『1強政治』を捨て、政治姿勢を見直す機会とすべきだ」と首相に苦言を呈し、「この先の民意の行方を首相が読み誤れば、もっと苦い思いをすることになるだろう」と警告していましたから。「自分たちは民意の行方がきちんと読めているのかい」と茶々を入れたくなりましたが。

 もとより、安倍首相の「お友達新聞」の読売は読むところが少ない。それでも、「ここは友として『勝って兜の緒を締めよ』と言っておかねばなるまい」と思ったか。23日付朝刊の社説の袖見出しは「『驕り』排して丁寧な政権運営を」でした。「驕り」にかぎかっこを付けたのは友達としての配慮でしょう。「私はそんな風には思ってないけど、世間でそう言われてますよ」という、優しいかぎかっこ。

 朝日と読売が「新聞」ならぬ、聞きふるした「旧聞」を書き連ねているのに対して、25日付の毎日新聞朝刊には「新しい息吹」を感じました。1面の連載「安倍続投を読む」の1回目は中西寛・京大教授(国際政治)からの聞き書き。中西教授は、自民党圧勝の背景には「若年層が新しい自民党支持層になっている事情もある」と語り、「昭和を知らない世代が『安倍政権になって社会・経済が安定した』と認識しても不思議ではない」と論評しています。

 今の10代、20代の若者たちは、高度経済成長もバブル景気も経験していません。もの心がついた頃には、日本経済はすでに右肩下がりになっていました。中学、高校と進むにつれ、少子高齢化はますます深刻になり、東日本大震災では「危機に対応できない国」であることを肌で知りました。共同通信の出口調査によれば、10代の有権者の自民党支持率は4割で、全有権者平均の3割台半ばよりも高いのだとか。

 これを「若者は世間を知らないから」「判断力が足りないから」と見下すのは簡単です。けれども、希望が見出しにくいような社会を作ったのは誰なのか。「希望」の名を掲げながら、すぐさまそれを粉々に打ち砕くような政治をしているのは誰なのか。そうやって見下す大人たちではないか。

 いつの時代であれ、若者を未熟者と見下すのは根本的に間違っている。彼らは未来について年長者よりはるかに真剣なはずです。当然です。「人生の一番いい時期」を過ぎた世代と違って、彼らにはこれから「長い未来」があるのですから。50年後、100年後を真摯に考えているのは古い世代ではなく若者たちなのだ、と認めることから始めなければなりません。

 毎日新聞はそれを正面から受けとめ、紙面に刻もうとしています。1面の連載を支えるように、社会面では10代の有権者の投票行動とその理由を聞き取り、詳しく紹介しています。「理念や政策の違う政党に合流できる政治家が何を考えているのかわからない」「日本は戦後で一番、実質的な危険にさらされている」といった声を掲載し、憲法改正についても「時代に合ったものに」と答える声が目立った、と報じました。

 数字データによる選挙結果の分析や解説より、こういう一人ひとりの言葉の方が読む者の心に沁みていく。新聞記者であれ雑誌記者であれ、もの書きならば、誰もが感じていることです。要は、それを愚直に試み、紙面にしていくかどうか。「虫の目」の記事が「鳥の目」や「魚の目」の記事より光るのは、こういう時です。

 毎日新聞は乱脈経営がたたって、1970年代に一度、経営が破綻しています。それ以降も苦しい状況が続いているようです。それゆえか、時折、恐れることなく、新しいことに挑戦しようとする気概を感じます。朝日新聞や読売新聞の行間からは感じない何かがある。それがある限り、経営陣さえしっかりしていれば、毎日新聞が昔日の輝きを取り戻す可能性はある。そう思わせる紙面でした。



≪参考記事≫
◎10月23日から25日の朝日、読売、毎日新聞(山形県で配達されているもの)

≪写真説明&Source≫
◎安倍晋三首相
http://news.livedoor.com/article/detail/13790732/