*メールマガジン「風切通信 21」 2017年2月22日

 宮城県の伊豆沼は冬鳥の飛来地として知られ、隣接する内沼とともに、湿原の保存をうたったラムサール条約のリストに登録されています。その伊豆沼・内沼にやって来るオオハクチョウがこの冬、例年の4倍近い6000羽以上になったという話を、記者仲間の島田博さんから聞きました。

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 その原因が面白い。伊豆沼・内沼は蓮(はす)の花の名所としても知られています。毎年夏には淡いピンクの花が沼一面に咲き乱れ、地元主催の「はすまつり」が盛大に開かれています。ところが、岸辺のヨシが増えすぎて祭りの趣向がそがれてしまうのが悩み。そこで、ヨシを刈り取ってその繁茂を抑えるために、沼の水位を15センチほど下げたのだそうです。

 宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団の研究者、嶋田哲郎さんによれば、この水位の低下が白鳥たちを呼び寄せたと考えられる、というのです。白鳥は水草の新芽や田んぼに残る落ち穂を好んで食べます。蓮の新芽やレンコン(蓮根)も好物で、白鳥は頭を水中に突っ込んで沼の底にあるレンコンを食べます。沼の水位が下がったことで、レンコンを食べられる範囲が広がり、これが飛来数の急増につながったというわけです。

 「風が吹けば桶屋が儲かる」の白鳥版のような話ですが、これはいい加減な話ではなく、説得力があります。「優雅な鳥」の典型のような白鳥にとっても、食べ物が少ない冬を乗り切るのは大変なことです。春になってシベリアに帰るまでに、しっかりと栄養を蓄えておかなければなりません。一所懸命に生きていることが伝わってきます。

 この話を聞いて、「白鳥たちは伊豆沼のレンコンが食べやすくなったことをどうやって知るのだろうか」という疑問が湧いてきました。毎年、伊豆沼に飛来する白鳥が何らかの方法で仲間に伝えているのか。嶋田哲郎さんの推論はこうです。鳥たちには餌場が何カ所かある。そこで仲間の様子をよく見ている。「あいつ、たくさん食べているな」と察知したら、その仲間に付いていく、というわけです。白鳥には白鳥の情報察知能力があり、ねぐらや餌場が情報交換の場になっている、と考えられるのだそうです。

 「伊豆沼の白鳥飛来数、急増」の記事は、1月29日の朝日新聞宮城県版に特ダネとして掲載され、2月7日には加筆して東京発行の夕刊に転載されました。その筆者が記者仲間の島田博さんです。特ダネになった経緯がまた、興味深い。宮城県の自然保護課は毎冬、各地の白鳥などの飛来数を取りまとめて記者クラブに配布しています。この冬も投げ込み資料として配られました。目にした記者はたくさんいたはずですが、数字が羅列してあるだけの資料です。ほとんどの記者はスルーしてしまいました。

 ところが、朝日新聞大崎支局長の島田さんは管内にある伊豆沼の異変に素朴な疑問を抱き、沼の環境保全に取り組む専門家に会いに行きました。そして、その背景事情を知り、特ダネとして報じるに至ったのです。彼は朝日新聞外報部時代の先輩で、元モスクワ特派員です。定年後、故郷の宮城県でシニア記者として働き続けています。「気にかかったことは愚直に追う」という新聞記者の基本動作を忘れことなく実践し、書いたのです。

 特ダネにも、いろいろなものがあります。政治家や官僚がひた隠しにしている悪事を暴く衝撃的な特ダネ。権力者にすり寄って「おこぼれ」のような話をもらって書く情けない特ダネ。半ば周知の事実をきちんと取材して伝える特ダネ・・・。伊豆沼の白鳥の記事は最後のタイプです。私はこういう特ダネが大好きです。白鳥の生態や蓮とレンコン、湖沼の保全など様々なことを考えさせ、想像力を膨らませてくれます。何よりも、行間から新聞記者の一所懸命な姿が伝わってくるところがいい。


≪参考サイト≫
◎「伊豆沼の白鳥、飛来数4倍に」の記事(朝日新聞デジタルのサイト)
http://www.asahi.com/articles/DA3S12786154.html
◎宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団の公式サイト
http://izunuma.org/
◎水草を食べる白鳥(「NHK for School」のサイト)
http://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005300650_00000&p=box
◎レンコンの栽培方法(「山里の素人農業」のサイト)
http://daii.jp/a_cul/renkon.php

≪写真説明とSource≫
◎宮城県伊豆沼の白鳥(「好きです。栗原」のサイト)
http://yumenet-kawashima.seesaa.net/article/332147463.html