*メールマガジン「風切通信 14」 2016年10月7日

 いつ、誰が豊洲新市場の建物の下に盛り土をしないと決めたのか。小池百合子・東京都知事は先週、都職員による自己検証報告書を発表し、責任者を「ピンポイントで指し示すのは難しい」と述べました。なぜ難しいのか。実は、それを決めたのは当時の石原慎太郎都知事とその取り巻きであり、都庁の幹部や職員は決定の理由と背景を知らされていなかったからではないのか。今週発売の週刊誌『サンデー毎日』がその内実を詳しく報じています。

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 『サンデー毎日』のトップ記事「豊洲疑惑の核心! 石原都政の大罪」は、都庁幹部やOBに取材し、「盛り土の設計変更を言い出したのは、石原慎太郎都知事を支えていたメンバーです」との重要な証言を引き出しています。なぜ、設計の変更が必要になったのか。その背景にあったのは、石原氏が立ち上げた新銀行東京の経営破綻だったというのです。

 新銀行東京は、石原氏が「金融機関の貸し渋りに苦しむ中小企業を救済する」と唱えて立ち上げた「官製銀行」です。東京都が1000億円を出資して2005年4月に発足しました。当初から、「バブルの崩壊後、景気が低迷して既存の銀行ですら苦しんでいるのに、役人がつくる銀行がうまくやっていけるわけがない」との批判が噴出しました。が、石原氏は「東京から金融改革を果たす」と反対論を押し切りました。

 石原氏の政策と発言はいつも威勢がいい。けれども、誠実さと慎重さを欠くので、しばしば破綻する。新銀行東京も発足から3年で不良債権の山を抱えることになりました。経営不振の企業や詐欺師まがいの輩が国会議員や都議の口利きで次々に融資を申し込み、踏み倒したからです。これで軌道修正するなら救いがありますが、石原氏はさらに400億円もの追加出資をして傷口を広げ、厳しい批判にさらされました。

 土壌汚染を解決するため、豊洲新市場の予定地全体に盛り土をしなければならないとの専門家会議の提言が出されたのはこの頃です。費用はまたもや1000億円余り。盛り土工事をそのまま実行したら、都政への逆風は強まり、ダメージは計り知れない。そこで、都知事とその取り巻きで「設計の変更による経費の削減」へと突き進んでいった、と記事は伝えています。

 たとえ都知事からそうした指示が出されたとしても、「食の安全を損なうような設計の変更はすべきでない」と進言するのが都庁幹部の役割でしょう。ですが、石原都政の下でそのような進言をすることは即、更迭を意味していました。トップも側近も強面ぞろい。「金満自治体」の東京都にそうした気骨のある幹部を求める方が無理でした。都議会与党の自民党と公明党は一蓮托生の関係、野党民主党の一部もすり寄り、議会はチェック機能を果たせませんでした。

 せめて、「設計を変更して主な建物の下には盛り土はしない」と正直に発表していれば、救いようもありました。ところが、当時の政治情勢がそれを許さなかった。2007年の参院選で民主党が大勝し、2009年の都議選と総選挙でも自民党は大敗しました。「盛り土をしない」などと発表しようものなら、築地市場の移転に反対していた陣営が勢いづき、市場の移転計画そのものが頓挫してしまう。知事と周辺はそれを恐れて「盛り土せず」を覆い隠してしまった――というのが『サンデー毎日』の報道です。

 見出しの謳い文句に偽りはなく、文字通り「疑惑の核心をつく」優れた記事ですが、実はこの週刊誌が発売される数日前に、私は山形県立図書館で偶然、築地市場の移転や新銀行東京の問題をえぐった本に出くわしました。『黒い都知事 石原慎太郎』(宝島社)という本です。東日本大震災の直前、2011年1月の出版。執筆したのは、関西を拠点とする一ノ宮美成(よしなり)氏とグループ・K21というジャーナリスト集団です。

 この本は、羽田空港の沖合拡張工事をめぐる黒い利権疑惑から説き起こし、石原慎太郎氏と大手ゼネコン鹿島(かじま)のつながり、鹿島と指定暴力団・住吉会との関係を詳述した後、石原氏がなぜ「築地市場の豊洲への移転」に固執したのかを大きな文脈の中で活写しています。鈴木俊一都知事時代に始まった臨海副都心開発の失敗で、東京都は8000億円もの借金を抱え、臨海開発の事業会計は大赤字に陥っていた。築地市場を豊洲に移転し、都心の一等地であるその跡地を民間に売却すれば赤字を一挙に解消できる。それで移転に固執した、というのです。

 東京五輪の誘致も同じような動機とされています。オリンピックを起爆剤にして各種スポーツ施設や環状2号線の建設を進め、臨海副都心の開発を軌道に乗せて東京再生へとつなげる、という発想です。かつて田中角栄首相が唱えた「日本列島改造」の東京版ともいうべき構想。それを経済が右肩下がりになった時代に無理やり推し進め、政治家やゼネコンが利権漁りに躍起になったことが、今日の豊洲市場や東京五輪をめぐるスキャンダルにつながっている、というわけです。

 大言壮語の裏で利権漁りに走り回り、疑惑が表面化するや逃げ回る。そのような政治家が国会議員として肩で風を切り、東京都知事として13年間も君臨していたのかと思うと、怒りより情けなさが募ります。石原慎太郎氏の公式サイト「宣戦布告」に、彼が政界を引退した際の挨拶文が載っています。

「見回して見ると世界の中で今の日本ほど危うい立ち位置におかれている国はないような気がしてなりません。(中略)他力本願で贅沢を当たり前のこととするような心の甘えを払拭していかないとこの国は立っていけないのではないでしょうか」(2014年12月)

 盗人猛々(たけだけ)しい、とはこういう時に使う言葉でしょう。



≪参考記事、文献、URL≫
◎週刊誌『サンデー毎日』10月16日号の記事「豊洲疑惑の核心! 石原都政の大罪」
◎『黒い都知事 石原慎太郎』(一ノ宮美成+グループ・K21、宝島社)
◎石原慎太郎公式サイト「宣戦布告」
http://www.sensenfukoku.net/

≪写真説明とSource≫
◎石原慎太郎氏(2007年2月6日)
http://www.huffingtonpost.jp/2013/09/23/sakaicity-ishihara-yaji_n_3979408.html