*メールマガジン「風切通信 9」 2016年8月11日

 リオ五輪のカヌースラローム競技で、羽根田卓也選手が銅メダルを獲得しました。日本人がカヌー競技でメダルを獲得するのは初めてです。カヌー選手だった父の指導で小学3年生からカヌーを始め、高校時代には早朝から自転車で川に通って練習、放課後にまた川に戻って夜遅くまで漕いだのだそうです。国内にいては世界で戦えないと、10年前にカヌー強豪国のスロバキアに渡って練習を続けたと報じられています。長い精進が実っての快挙です。

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 昨日(10日)、羽根田選手のメダル獲得のニュースに接して、「立派な成績だけれど、これで『だから日本にもカヌーの人工コースが必要なのだ』という記事が出るな」と思いました。今朝、朝日新聞を開くと、案の定、社会面に「主要な国際大会のほとんどが人工コースで行われるが、日本には本格的な人工コースがない」「東京五輪では、東京都江戸川区の臨海部に日本初の本格的な人工コースとなるスラローム会場が新設される」という関連記事が載っていました。記事は「メダルも大きな追い風になる」とのカヌー協会関係者の言葉で締めくくってありました。

 はあー、とため息が出ました。東京五輪組織委員会の面々はニンマリしていることでしょう。これで、金にあかせて東京に人工の急流コースを造る計画に弾みがつく、と。朝日新聞は読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞と4社で計60億円を払って、東京五輪のオフィシャルパートナーになりました。1社15億円ものお金を出してくれて、おまけに「公共事業の大盤振る舞い」のような競技場建設計画の後押しまでしてくれるのですから、笑いが止まらないでしょう。

 オリンピックを資金面で支援するオフィシャルパートナーは「1業種1スポンサー」が原則です。なのに、そうした原則などどこ吹く風。日頃の談合批判もどこへやら。オリンピックについては、4社仲良く手を組んで「御用新聞」になることに決めたのです。このことについて、日刊ゲンダイ(電子版)は1月29日に「大手新聞が公式スポンサーの異常」という記事を掲載し、「知らなければいけない不都合な情報や問題が隠され、報道されないという事態」になりかねない、と批判しました。

 朝日、読売、毎日、日経の4紙がスポーツ新聞に「きちんと監視役を果たせ」と説教される日が来ようとは・・・。東京に人工のカヌースラローム競技場を造ることの問題点を指摘するどころか、それを造らなければ世界の強豪と渡り合えない、と煽り立てる記事。こういうのを典型的な「提灯(ちょうちん)記事」と言うのでしょう。記事を書いた記者が善意で、純粋にスポーツの観点から書いているだけに、なおさら影響は大きく、罪も深いのです。

 日本の経済が上向きで資金が潤沢な時期なら、話は別です。が、いまや経済はずっと右肩下がり。医療や介護に回さなければならない予算は膨らむばかり。政府も自治体も借金まみれです。そういう時代に「金にあかせた五輪」など許されるはずがありません。できる限りコンパクトに、ただし、温かい心でもてなす五輪をめざす、という道もあるはずです。東京一極集中の是正も、今の日本の大きな課題の一つです。東京への人工カヌー競技場建設はその流れにも反します。

 こういう主張をすると、「それはカヌー競技を知らない者の戯言だ」と反論されるでしょう。世界大会やオリンピックのほとんどで、カヌースラローム競技は人工のコースで行われるのだ、人工コースがなければ選手の強化もできない、と。純粋にスポーツのことだけを考えるなら、それも一理あるのかもしれません。ですが、オリンピックはスポーツ大会であると同時に、「これからの世界はどうあるべきか」ということに思いを巡らせ、メッセージを発する祭典でもあるのです。

 急流がないなら人間が造ればいい。水が必要なら巨大な揚水ポンプで揚げればいい。それが欧米的な考え方で、スポーツの世界でも支配的なのかもしれません。けれども、日本がそれに同調する必要はどこにもありません。自然の中で、自然が許す範囲で生きていく。それこそ、日本やアジアの国々が育んできた考え方であり、生き方ではないのか。川がつくり出す自然の流れの中でカヌーの技を競えばいいではないか。ごく最近まで、ずっとそうしてきたのですから。

 百歩譲って、8月は渇水期で日本のどこにも適当な水量の渓流がないとするなら、人工のカヌースラローム競技場は東京以外に造るべきです。「すべて東京に」という考えにこだわった結果が今の東京一極集中と地方の疲弊をもたらしたのですから。2020年東京五輪の公式種目に追加されたサーフィンも東京以外で開催される予定です。狭い東京ですべてをまかなう必要など、どこにもないのです。

 朝日新聞が社会面で無邪気な提灯記事を書いているのに対して、読売新聞や毎日新聞が羽根田選手の歩みを中心に人間ドラマとしての報道に徹していたのも印象的でした。目を通した範囲では、「カヌースラロームの人工コース」に触れた記事を書いているのは共同通信くらいでした(日経新聞と山形新聞が掲載)。東京五輪をどういうオリンピックにしたいのか。どういう理念で4年に一度の祭典を照らしたいのか。リオ五輪の熱狂から覚めたら、そうした視点で東京五輪の計画と準備状況の問題点をえぐり出し、より良き祭典につながるような報道に接したい。


≪参考サイト≫
◎「4紙で60億円負担 大手新聞が東京五輪公式スポンサーの異常」(日刊ゲンダイ電子版)
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/174215
◎カヌースラローム競技場とスプリントカヌー競技場の整備計画(カヌーカヤックネットマガジンのサイトから)。この記事によれば、スプリントカヌー競技場の整備費は491億円、カヌースラローム競技場の整備費は73億円。
http://www.fochmag.com/kayak/index.php?itemid=1272

≪参考記事≫
◎8月11日付の朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞、産経新聞、山形新聞、河北新報(いずれも山形県で配達された版)

≪写真説明とSource≫
◎リオ五輪のカヌースラローム(男子カナディアンシングル)で銅メダルを獲得した羽根田卓也選手
http://www2.myjcom.jp/special/rio/news/story/0022021276.shtml