*メールマガジン「小白川通信 32」 2015年8月27日

 この夏、マレーシアのマラヤ大学で開かれたサマーキャンプに参加しました。キャンプの趣旨は「欧州とアジアの交流をさらに拡大する」という高邁なもの。ただ、その割には参加者は私を含めて9人と、いささか寂しかったのですが、講師のラインナップは素晴らしく、参加者との会話も刺激的で、とても実り多いキャンプでした。

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マレーシアのナジブ・ラザク首相

 折しも、マレーシアではナジブ・ラザク首相の蓄財疑惑が発覚し、巷はその話題でもちきりでした。疑惑は、マレーシア政府が100%出資する投資会社「ワン・マレーシア・ディベロップメント(1MDB)」の関連会社や金融機関から、ナジブ首相の個人口座に7億ドル(約840億円)が不正に振り込まれた疑いがある、というもの。この投資会社はナジブ首相の肝いりで設立されたもので、首相兼財務相のナジブ氏はこれを監督する立場にあります。

 「個人的に流用したことはない」とナジブ首相は弁明しています。送金は何回かに分けて行われ、2013年5月の総選挙直前に振り込まれた金もあります。このため、「与党の選挙資金ではないか」との憶測や「マレーシア政界の権力闘争がらみ」といった見方が飛び交っています。この問題を最初に報じたのはウォール・ストリート・ジャーナルで、メディアの追及は厳しく、その後、首相の夫人の蓄財疑惑まで報じられました。

 サマーキャンプで一緒だったフィリピンの大学院生は「まるで、マルコス大統領とイメルダ夫人みたいだね。イメルダは豪華な靴を宮殿に残して有名になったけど、ナジブ夫人はお金を何につぎ込んだのかな」と興味津々の様子。中国通の学生が「中国の腐敗に比べたら、マレーシアの腐敗なんてかわいいもんだ」と話に割って入りました。

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周永康・前政治局常務委員

 今年の6月に終身刑が言い渡された中国共産党の前政治局常務委員、周永康は「本人と一族が蓄え、当局に押収された資産は900億元」と報じられました。円に換算すれば1兆円以上です。中国の石油ガス業界のドンで、党中央の序列9位まで上り詰めた人物だけに、蓄財もけた違いです。この学生によれば、数百億円程度の不正蓄財なら「中国にはゴロゴロある」のだそうです。

 別の学生は「蓄財より、こっちの方が驚きだ」と切り返しました。スマートフォンで中国メディアの記事を検索しながら、「140人以上もの愛人を囲っていた党幹部がいる。江蘇省建設庁のトップ、徐其耀という男だ。愛人の数では、今のところ彼が一番」と言う。自ら手を付ける。賄賂として女性を差し出させる。徐は権力と金にものをいわせて女漁りにふけりました。2000年10月に逮捕され、翌年、執行猶予2年の死刑判決(事実上の終身刑)を受けています。愛人数ナンバーツーは湖北省天門市の共産党市委員会書記、張二江で、囲った愛人107人。歴史小説『水滸伝』で梁山泊に立てこもった豪傑108人になぞらえ、本妻を含めて108人の女豪傑を相手にした男として「時の人」になったとか。こちらは懲役18年。

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江蘇省の幹部、徐其耀

 知名度という点で、この2人を上回るのが重慶市の党幹部、雷政富だそうな。雷は賄賂として建設会社から送り込まれた18歳の少女とトラブルになり、彼女がこっそり撮影したビデオをネット上で公開されてしまいました。そのセックスビデオの中で、雷は13秒で果ててしまったため「雷十三」と名付けられ、ビデオの公開から63時間後に失脚したため「雷六三」とも呼ばれて、一躍有名になったのだそうです。判決も懲役13年。

 日本で暮らす私たちから見れば、800億円の蓄財も140人の愛人汚職も「けた違いの腐敗」です。そして、共通しているのは、どちらの国でも権力が一つに集中していることです。中国もマレーシアも建前としては権力の分立をうたっていますが、その実態はそれぞれ、中国共産党とマレーシア国民戦線という政党の一党独裁です。権力を握る者の暴走を食い止める仕組みがないか、なきに等しい。だから、腐敗もとめどなく広がり、深まるのです。

 中国経済の先行きを懸念して、このところ世界各地で株価が乱高下しています。つい最近まで「中国は世界の工場」とか「世界経済の成長を牽引する中国」とかもてはやしていたのが嘘のようです。腐敗や暴走をチェックし、行き過ぎをコントロールする仕組みがない社会がどうなるのか。私たちはこれから、その危うさを目撃することになるでしょう。

 同時に、この混乱すら「大もうけのチャンス」とみなして、欧米や日本のハゲタカファンドは牙を研いでいるはずです。先進国や産油国の「ダブついた金」もまた、歯止めなきゲームの重要なプレーヤーであり、私たちにとっても決して他人事ではありません。世界は漂い、乱れ始めています。
(長岡 昇)


《参考サイト》
マレーシア・ナジブ首相の蓄財疑惑(フランスの通信社AFP)

徐其耀と張二江のスキャンダル(日経ビジネスONLINE)

雷政富のスキャンダル(ニューズウィーク日本語版)



《写真のSource》
▽ナジブ・ラザク首相(2015年7月、AFP)
http://www.afpbb.com/articles/-/3053735?ref=jbpress

▽周永康(2007年10月、ロイター)
http://jp.reuters.com/article/2015/06/11/china-corruption-idJPKBN0OR1B520150611?feedType=RSS&feedName=worldNews

▽徐其耀
http://news.sina.com.cn/c/239519.html