*メールマガジン「小白川通信 3」 2013年6月1日


 桜前線がようやく北海道の稚内に達し、かの地でも満開を迎えたという。「やれやれ」と感じ入っていたら、この山形にも、まだ桜を鑑賞できるところがあった。

 西川町の月山志津(しづ)温泉である。五色沼のほとりの宿で「峰桜(みねざくら)」が咲き誇っていた。もともと高山に生える桜らしく、ハイマツに似た姿をしている。「咲き方も変わってます。東から西へと咲いていくんです」と宿の主人が言う。確かに、東向きのところはすでに葉桜、色鮮やかなのは西側だけだった。

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宿の庭先で咲き誇る峰桜=5月24日、山形県西川町の月山志津温泉で


 志津温泉は県内でも有数の豪雪地帯として知られるが、この冬、温泉街の人たちの心をざわつかせる出来事があった。気象庁が「青森県の酸ヶ湯の積雪が566?になった。積雪の最深記録を更新した」と発表し、これを新聞やテレビが一斉に「国内最高」と報じたからだ。

 心がざわついて当然である。志津の積雪は例年、6?前後に達する。西川町の観測によれば、40年前には8?を記録した。「5?台で、何で国内最高なんだ」と言いたくもなる。気象庁に問い合わせると、担当者は次のように釈明した。「われわれはきちんと『アメダスの観測地点で記録された最深積雪を更新した』と発表したのです」

 アメダスによる自動観測体制が整ったのは1970年代である。観測地点は約1300しかない。志津に限らず、全国には酸ヶ湯温泉を上回る積雪記録はたくさんある。しかし、気象庁記者クラブの面々は、そんなことは気にも留めず「国内最高」と報じた。かくして「酸ヶ湯の積雪が日本一」となってしまったのである。
 
 志津の人たちの間から「それなら、ここもアメダスの観測地点にしてもらおう」という声が出ている。どんな形であれ、メディアで温泉の名前が報じられるのは効果抜群だからだ。もし「観測機器の設置費用も地元で負担する」と言い出したら、気象庁よ、どうする。
(長岡 昇)
  
*5月28日付の朝日新聞山形県版に掲載されたコラム「学びの庭から 小白川発」
    
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 山形県には市町村が35あり、すべての自治体に温泉があるのが自慢です。どこに行っても、ゆったりと湯船につかることができます。ただし、地下深く1000?も2000?も掘って、最近になってお湯が出てきた「新興の温泉」より、やはり昔からの温泉場の方が趣は深い。

 そうした老舗の温泉の中でも、志津温泉は「霊峰月山」の山懐に抱かれた「地の利」に加えて、五色沼の静かなたたずまいと湖畔のブナ林が素晴らしく、私のお気に入りの温泉の一つです。首都圏からお客様を迎える時には、迷うことなく、この温泉の旅館「つたや」をお薦めしています。

 山菜や蕎麦などの料理も文句なしなのですが、悩みは冬の雪。例年、6?ほどの積雪があり、吹雪の日には辿り着くのも困難ということもあります。豪雪を活かした「雪旅籠(ゆきはたご)」のイベントや春の残雪トレッキングなどの企画を立てて奮闘していますが、やはり豪雪はハンディの一つです。

 せめて「豪雪を知名度アップの材料に」と思っても、気象庁のアメダスの観測地点になっていないこともあって全国ニュースにはなりにくく、青森の酸ケ湯(すかゆ)温泉の後塵を拝しているのが現実です。「及ばずながら応援したい」との気持ちで、このコラムを書きました。ぜひ、山形まで足を延ばし、月山志津温泉を訪ねてみてください。

 *この冬、酸ケ湯温泉の積雪566?が「国内最高」と報じられた背景については、今年3月4日のメールマガジン「おおや通信 101」でも詳しくお伝えしました。カヌーによる地域おこしをめざすNPO「ブナの森」のホームページに掲載していますので、ご参照ください。