2005年6月12日 朝日新聞の社説「児童労働」


 学校に行かず、家族の生活を支えるために働く。そうした児童労働は、先進国ではほとんど見かけなくなった。けれども、アジアやアフリカ、中南米の途上国では農園や工場でいまだに多くの子どもたちが働いている。国際労働機関(ILO)の推計によれば、世界中の15歳未満の子どものうち、1億8600万人が働いている。6人に1人の割合だ。

 働く姿を目にすることはなくとも、私たちの身の回りには子どもたちの手で生み出されたものがあふれている。チョコレートはその一つである。原料になるカカオ豆の多くが西アフリカの国々で栽培されている。北海道大学の石弘之教授が新著「子どもたちのアフリカ」(岩波書店)で、カカオ農園の実態を描いている。

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チョコレートの原料になるカカオ豆

 最大の輸出国コートジボワールでカカオ豆を摘むのは、奴隷として売られてきた少年たちだ。早朝から深夜まで棒で殴られながら働かされている。チョコレートとは、カカオ豆を炒って砂糖と牛乳、それにアフリカの子どもたちの汗と血と涙を加えたもの??地元の人たちは悲しみを込めて、そう言う。

 木綿のシャツにも、子どもたちの労苦が織り込まれていることがある。南インドでは、10代前半の少女たちが綿花の授粉と綿摘みをしている。現地で調査にあたった一橋大学の黒崎卓・助教授は「安くて従順な労働力として、雇う側には好都合なのだろう」と見る。

 73年に採択されたILO条約で、15歳未満の子どもを働かせることが原則として禁止された。条約を生かすための国際計画が作られ、各国でさまざまな施策が推し進められている。3年前からは、ILOが6月12日を「児童労働反対世界デー」とすることを提唱し、取り組みを強めてきた。

 だが、改善の兆しはなかなか見えない。アフリカではエイズが蔓延し、社会の基盤を掘り崩しつつある。アジアには、圧政や腐敗にあえぐ国がある。それぞれの国を土台から立て直さない限り、子供たちを労働から解き放ち、学舎にもどすのは難しい。児童労働がはびこる国々で何が起きているのか。まず、それを知り、私たちに何ができるのかを考えたい。

 インドの労働組合は日本のNGO「国際労働財団」の支援を受けて、石切り場で働く子どもたちを学校に通わせる活動を続ける。子どもが働くのを当たり前のように見ていた大人たちの意識が、少しずつだが変わってきた。

 国際機関や国、自治体に加えて、NGOの果たす役割はますます重要になってきた。それをしっかりと支えたい。先進国の企業にとっても他人事ではない。児童労働で生まれる原料や製品をなくしていくように努める。そうした姿勢の企業を後押ししたい。
 一つひとつは細い糸でも、束ねれば、太くて強い綱になる。