過去の投稿

July 2023 の投稿一覧です。
久しぶりに文春砲の連続弾が炸裂している。週刊文春の今回の標的は、岸田文雄首相の懐刀とされる木原誠二・官房副長官である。疑惑の内容は「木原氏の妻の元夫は殺害された可能性がある」というものだ。

null

週刊文春や木原氏の公式サイトなどによれば、木原氏は1970年6月生まれの53歳。東大法学部を卒業した後、大蔵省(現財務省)に入り、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに留学、2005年の郵政解散選挙で東京20区から自民党候補として立候補、当選した。

高祖父は諫早銀行頭取、曾祖父は大蔵省銀行課長という「財政金融ファミリー」の出身で、自らもその道に進んだが、英国大蔵省に出向した際、サッチャー元首相と出会い、政治を志したという。語学力も生かし、岸田政権では外交・安全保障分野で重要な役割を果たしている。

その木原氏の結婚相手は、元モデルで銀座のホステルをしていた女性だった。この女性には夫、安田種雄氏がいたが、同じくモデルだった種雄氏は2006年4月に自宅で変死体となって発見された。遺体から致死量の覚醒剤が検出されたことから、所轄の大塚警察署は「自殺」として処理した。

null

ところが、2018年、この対応に疑問を抱いた現場の刑事が遺族の協力を得て再捜査を始めた。遺族によれば、元夫には喉元から肺にまで達する傷があり、ナイフが足元に置かれていたという。ほかにも不審なことがいくつもあり、殺人事件の捜査にあたる警視庁の刑事たちも乗り出した。刑事たちは木原氏の妻の事情聴取や家宅捜索にこぎつけたが、捜査は「上からの指示」で突然、打ち切られたという。

7月27日の文春オンラインによれば、この再捜査にあたったベテラン刑事の佐藤誠警部補(昨年退職)は再捜査の経緯と打ち切りに至った事情を詳細に語った。佐藤氏は文春の記者に「当時から我々はホシを挙げるために全力で捜査に当たってきた。ところが、志半ばで中断させられた」と述べた。

佐藤氏が実名での告発を決断したきっかけは、一連の週刊文春の報道を受けて、警察庁の露木康浩長官が7月13日の定例会見で「証拠上、事件性が認められないと警視庁が明らかにしている」と語ったことだという。

この警察庁長官発言について、佐藤元警部補は「頭に来た。あの発言は真面目に仕事してきた俺たちを馬鹿にしている」と述べ、事件の捜査が上からの圧力で潰されたと、上司の名前も挙げて明言した。そして、捜査の過程で捜索令状を得て、DNAを採取するため、すでに木原誠二氏と再婚していたこの女性の採尿と採血を試みたところ、木原氏は「オマエなんて、いつでもクビ飛ばせるぞ!」と恫喝したのだという。

null

不可解なのは、この事件について主要な新聞やテレビがほとんど報じないことだ。元夫の遺族は警察に再捜査を求める上申書を出し、今年の7月20日には司法クラブで事件の解明を求める会見を開いたが、東京新聞など一部を除いて主要メディアは黙殺した。その一方で、木原氏の弁護士が「週刊文春の報道で(木原氏の妻の)人権侵害が起こる可能性がある」として日本弁護士連合会に人権救済の申し立てをしたことは、しっかり報じた。

一連の経緯を見て思うのは、「これはジャニー喜多川氏による性加害への対応とまるで同じ」ということだ。週刊文春が何度、性加害を報じても主要メディアは完全に黙殺した。英国のBBCが今年の3月に特報すると、やっと後追いする始末だった。

性加害事件ではジャニーズ事務所が芸能界やテレビ局に持つ巨大な影響力に怯えて、沈黙した。それに比べれば、木原官房副長官が持つ影響力ははるかに強大だ。今度も、権力に怯えて模様眺めを決め込んだ、ということだろう。

全国紙やNHK、民放各局は警視庁の記者クラブに何人もの記者を常駐させている。週刊文春には失礼ながら、文春よりはるかに人手も金もある。本気になれば、文春砲など吹き飛ばせるだけの材料を集められるはずだ。が、なにせ、本気になることがない。

それで「読者の新聞離れ」だの「視聴者のテレビ離れ」だのと愚痴を吐いても、誰も相手にするわけがない。しかるべき報酬を得て、しかるべき処遇を得ているのならば、報道の道を選んだ者としての気概と誇りを示したらどうか。

木原誠二・官房副長官の公式サイトには「誠心誠意、政策で!!」とのスローガンが掲げられている。ある賢人によれば、「人は自ら持ち合わせないものを掲げたがるものだ」という。けだし、名言と言うべきか。


(長岡 昇:NPO「ブナの森」代表)


*初出:ウェブコラム「情報屋台」 2023年7月27日
http://www.johoyatai.com/6140


≪写真説明≫
◎木原誠二・官房副長官
https://sakisiru.jp/44823
◎木原誠二氏の妻(ニュースサイト「One More News」)
https://one-more-life.jp/kihara-seiji-family/
◎事件の再捜査を求める元夫の父親(東京新聞のサイト)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/264383


≪参考記事&サイト≫
◎文春オンライン スクープ速報(2023年7月27日)など、一連の週刊文春の報道
https://bunshun.jp/articles/-/64612
◎木原誠二氏の公式サイト
https://kiharaseiji.com/
◎木原誠二氏の妻について(One More News)
https://one-more-life.jp/kihara-seiji-family/
◎事件の再捜査を訴える元夫の父親(東京新聞のサイト)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/264383
◎木原誠二の妻の元夫は人気モデル
https://emasora.com/kiharaseiji-wife-exhusband/



アラブの春は2010年、チュニジアから始まった。失業と貧困、権力の腐敗に怒った民衆の大規模なデモで長期政権が倒されると、その波はエジプトに広がり、ムバラク大統領を退陣に追い込み、リビアでは独裁者カダフィ大佐を死に追いやった。

だが、春はシリアには来なかった。「中東でもっとも冷酷な独裁者」と評されるアサド大統領は激しい内戦を勝ち抜き、政権を維持している。アサド氏が生き延びることができたのは、イスラム教シーア派の国家イランに加えて、ロシアが支えたからである。

null

プーチン大統領は戦闘機や戦車、兵力を惜しみなく供与し、アサド大統領が敵対勢力を駆逐するのを助けた。中東でのロシアの存在感を誇示するためだ。その際、兵力の中心となったのはロシアの正規軍ではなく、今回反乱を起こしたプリゴジン氏率いる傭兵組織ワグネルである。

ワグネルに関しては、刑務所の囚人を兵士としてリクルートしていることが知られており、「囚人部隊」のように言う人もいるが、それは一面的な捉え方だろう。この傭兵組織の中核は「スペツナズ」と呼ばれるロシア軍参謀本部直属の特殊部隊の元将兵たちだ。

ワグネルの幹部ドミトリー・ウトキン氏は、チェチェン紛争で旅団長をつとめた猛者だ。スペツナズは通常の戦闘に加えて、破壊工作や要人の暗殺、ネット空間を使った電子戦も得意とする。混沌とした状況になるほど力を発揮する部隊と言っていい。

この傭兵組織が中東以上に存在感を示しているのがアフリカだ。中央アフリカ共和国やスーダン、リビア、ルワンダ、マリ、コンゴ民主共和国など十数カ国で作戦を展開している。ロシアは、外交的な配慮もあって正規軍を大規模に派遣するわけにはいかない。それをワグネルが代行している形だ。ゆえに「プーチンの影の軍団」と言われる。巨額の資金が投じられていることは言うまでもない。

フランスの植民地だった中央アフリカ共和国を例に取れば、1960年の独立以来、武力抗争とクーデターに明け暮れてきたこの国で、ワグネルは戦闘を担うだけでなく、トゥアデラ大統領の警護まで担当している。「ロシアの支えなしでは生きていけない大統領」なのだ。

もちろん、プーチン大統領もプリゴジン氏も善意で支援しているわけではない。中央アフリカ共和国にはダイヤモンドと金の有力な鉱山がある。リビアとスーダンには石油だ。プリゴジン氏の傭兵組織や関連会社はそれらの利権に深く食い込んで利益をむさぼっている、とされる。

今回、プリゴジン氏は反乱を終わらせ、部隊を撤収するにあたって、プーチン大統領側とギリギリと交渉を重ねた形跡がある。プリゴジン氏側は「部隊の撤収後もアフリカでの活動については沈黙を守る」と約束した、と見るのが自然だ。

ロシアがアフリカ諸国で行っていることを洗いざらいぶちまけられれば、国連など国際社会でのロシアの評判はガタ落ちになる。そんなことは何としても防がなければならない。一方で、プリゴジン氏側はロシアにいる妻子の安全を確保し、膨大な資産を保全しなければならない。そうしたことを秤にかけて、両者はベラルーシのルカシェンコ大統領の仲介を受け入れたのだろう。

見過ごせないのは、ワグネルのアフリカでのこうした活動を調べていたジャーナリストが次々に不審な死を遂げていることだ。中央アフリカ共和国では、2018年7月に経験豊富な戦場ジャーナリストのオルハン・ジェマリ氏とドキュメンタリー映像監督のアレクサンドル・ラストルグエフ氏、カメラマンのキリル・ラドチェンコ氏が射殺体で発見された。

地元の捜査当局は「武装した強盗の仕業」として扱った。ロシア国営タス通信も「強盗目的の犯行」と報じた。だが、3人はこの国でのワグネルの活動実態を調べるため現地入りしたのだった。捜査当局やロシアの言い分を額面通りに受けとめるわけにはいかない。

null

ジャーナリストの不慮の死はこれだけではない。ロシアのエカテリンブルクでは同年4月、シリアでのワグネルの動きを調べていた通信社記者のマクシム・ボロディン氏がアパートの5階から転落死しているのが発見された。タス通信は例によって「犯罪の形跡はない」と報じたが、欧州安保協力機構(OSCE)のメディア担当は「深刻な懸念」を表明し、徹底的な捜査を行うよう求めた。ワグネルを追っていて命を落とした記者はもっといる。

戦場の兵士だけが命がけで戦っているのではない。ロシアでは事実を追い求め、良心に基づいて報じる――そのこと自体が命がけなのだ。報道を生涯の仕事とした者の一人として、そのことを忘れるわけにはいかない。


(長岡 昇:NPO「ブナの森」代表)


*初出:調査報道サイト「ハンター」 2023年7月3日
https://news-hunter.org/?p=18294

≪写真説明≫
◎中央アフリカで殺害されたジェマリ、ラストルグエフ、ラドチェンコの3氏(右から、BBCのサイト)
https://www.bbc.com/news/world-europe-45030087

◎不慮の死を遂げたボロディン氏(BBCのサイト)
Russian reporter Borodin dead after mystery fall - BBC News

≪参考記事&サイト≫
◎ワグネル反乱に関する読売新聞、産経新聞の記事(6月29日付、同30日付)
◎Central African Republic : Russian journalists die in ambush (BBC, 31 July 2018)
https://www.bbc.com/news/world-africa-45025601
◎ロシア人記者が自宅で転落死、シリアで展開の同国人傭兵について執筆(AFP、2018年4月16日)
https://www.afpbb.com/articles/-/3171368
◎Russian reporter Borodin dead after mistery fall (BBC, 16 April 2018)
https://www.bbc.com/news/world-europe-43781351