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東北の北部と北海道南部にある縄文時代の遺跡群がユネスコの世界遺産に登録される見通しになった。青森市の三内丸山遺跡や秋田県鹿角(かづの)市の大湯環状列石など17の遺跡が対象で、7月中旬に開かれる世界遺産委員会で正式に決定される。

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三内丸山遺跡では、クリの巨木を使った六本柱の建造物や長さ32メートルもの大型竪穴式住居が見つかり、「狩猟採集で細々と暮らしていた」というそれまでの縄文のイメージを覆した。大湯の環状列石も最大径が50メートルを超し、その大規模さが際立つ。

さらに、青森県外ヶ浜町の大平(おおだい)山元遺跡からは、1万6000年前のものと推定される土器片が見つかっている。これはエジプトやメソポタミアで発見された土器より古く、「世界最古の土器」の一つと見られている。世界遺産にふさわしい遺跡群であり、むしろ登録が遅すぎたくらいである。

縄文時代については、まだ決着のつかない問題が多い。そもそも、縄文時代はいつ始まり、いつごろ農耕を伴う弥生時代に移行したと考えるべきか。それすら論争が続いており、定まっていない。

この時代の遺跡はなぜ北海道や東北に多く、西日本には少ないのか。これも大きな謎の一つだ。国立民族学博物館の小山修三・名誉教授は、発見された遺跡などをベースに「縄文時代の人口」を推計し、「4000年前の人口は26万人。西日本の人口は東日本の10分の1以下だった」との説を発表している(『縄文学への道』)。

その偏りの理由は何か。クリやクルミ、ドングリなど縄文人の生活を支えた堅果類が東日本の方に多かったから、といった説もあるが、腑に落ちない。

私がもっとも説得力があると考えるのは「超巨大噴火説」である。火山学や地質学の研究によって、今から7300年前に九州南部でとてつもない巨大噴火が起きたことが分かっている。

薩摩半島の南50キロにある「鬼界(きかい)カルデラ」である。噴火によってできた巨大なカルデラは海底にあって見えないが、噴煙は3万メートル上空に達し、噴き出した火砕流は屋久島や種子島をのみ込み、海を越えて鹿児島南部に達したとされる。

『歴史を変えた火山噴火』(石弘之)によれば、この時の火砕流の規模は、私たちの記憶に残る雲仙普賢岳の火砕流(1991年)の数十万倍という。火山灰は九州全土に厚く積もり、西日本全体にも降り注いだ。この噴火によって、西日本の縄文遺跡の多くは火山灰の下に埋もれ、人間が暮らすこともかなりの期間困難になった、というのが「超巨大噴火説」である。

この説によれば、縄文時代に西日本に人がいなかったわけではなく、集落は厚い火山灰の下に埋もれてしまった、ということになる。これなら、西日本で発見される縄文遺跡が少なく、それをベースにした人口推計も小さくなる理由が説明できる。

その影響は東日本にも及んだはずである。小山修三氏の推計では、縄文時代の人口は早期から増え続け、中期にピークに達し、その後、全体として激減したとされる。そうした人口の推移も九州で超巨大噴火があったと考えれば、整合性をもって説明できる。

九州南部には鬼界カルデラのほかにも、薩摩半島と大隅半島の間にある阿多(あた)カルデラ、桜島周辺の姶良(あいら)カルデラ、阿蘇カルデラなど超巨大噴火でできたものがあり、それらが帯状に連なる。

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もちろん、九州だけではない。北海道の屈斜路湖や支笏湖、青森・秋田県境にある十和田湖も超巨大噴火でできたカルデラに水がたまってできたものだ。これらの噴火のエネルギーは、富士山の宝永噴火(1707年)や浅間山の天明噴火(1783年)、会津磐梯山の噴火(1888年)とは比べものにならないほど巨大なものだ。

世界に目を向ければ、アメリカ西部のイエローストーン国立公園やインドネシア・スマトラ島のトバ湖は、遠い昔に起きた超巨大噴火によってできたものだ。いずれも、地球全体の気候に影響を及ぼすほどの噴火だったとされる。

ただし、イエローストーンの最後の噴火は64万年前、トバ湖の噴火は7万4000年前で、地質調査などから分かるだけだ。歴史的な記録は何もない。その点では、鬼界カルデラの噴火と変わらない。こうした噴火の周期は数万年あるいは数十万年と推定されている。

東日本大震災と福島の原発事故の後、日本では「1000年前の貞観地震にも目を向けるべきだった」といった反省がなされたが、超巨大噴火はそれよりはるかに長いスパンで考えなければならない。科学や政治の舞台で正面から扱うのは難しい面がある。

けれども、危機管理の要諦が「最悪の事態も想定しておく」ということであれば、「頭の片隅に置いておかなければならないシナリオの一つ」であることは間違いない。46億年の地球の歴史から見れば、数万年など「誤差の範囲」とも言えるからだ。

神戸大学大学院の巽(たつみ)好幸教授と鈴木桂子准教授は2014年10月、日本で起きた超巨大噴火を詳しく調べ、「日本で今後100年間に超巨大噴火が起きる確率は1%」と発表した。その確率をどう受け止めるかは難しい問題だ。

「勇気ある提言」と見るか、「荒唐無稽な研究」と見るか。私は「無視できない確率」と見る。



*メールマガジン「風切通信 88」 2021年5月30日

≪参考文献・記事&サイト≫ *ウィキペディアのURLは省略
◎「縄文遺跡群、世界遺産へ」(朝日新聞2021年5月27日付)
◎土器(ウィキペディア)
◎『縄文学への道』(小山修三、NHKブックス)
◎「縄文人口シミュレーション」(小山修三、杉藤重信)
file:///C:/Users/nagao/Downloads/KH_009_1_001%20(1).pdf
◎『歴史を変えた火山噴火』(石弘之、刀水書房)
◎『クラカトアの大噴火』(サイモン・ウィンチェスター、早川書房)
◎「巨大カルデラ噴火のメカニズムとリスク」(神戸大学の公式サイト)
https://www.kobe-u.ac.jp/NEWS/research/2014_10_22_01.html


≪写真説明&Source≫
◎2018年12月24日のクラカトア火山の噴火。この時の噴火は超巨大噴火ではなかった(インドネシア語の発音は「クラカタウ」)
https://www.huffingtonpost.jp/2018/12/25/what-anak-krakatau_a_23626685/
◎九州南部の巨大カルデラ(『歴史を変えた火山噴火』p47から複写)





繊維状の鉱物であるアスベスト(石綿)には、長い歴史がある。古代エジプトではミイラを包む布として使われ、ギリシャではランプの芯として利用された。中国では「火浣布(かかんぷ)」と呼ばれ、貢ぎ物として珍重された。石綿でつくった布を火に投じると、汚れだけ燃えてまたきれいになるからだ。

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そのアスベストが社会で広く使われるようになったのは20世紀に入ってからである。日本では戦後、大量に輸入され、建設現場や工場で断熱材や絶縁材として使用された。産業界では「奇跡の鉱物」と呼ばれたりした。

だが、「きれいなバラにはトゲがある」の例え通り、アスベストにも「トゲ」があった。微細な繊維を吸い込むと、やがて肺がんや中皮腫を引き起こす。一部の研究者は早くからその危険性を指摘していた。長い歳月を経て発病することから「静かな時限爆弾」と呼ぶ人もいた。

にもかかわらず、政府も業界もそうした声に耳を傾けなかった。建物の防火材や断熱材にとどまらず、化学プラントの配管接続材など用途は広く、「経済発展に欠かせない」と考えたからだ。その構図は、有機水銀が水俣病の原因と指摘されても政府や企業が否定し続けた歴史と重なる。

アスベストが原因で命と健康を奪われた人たちが起こした裁判にようやく決着がついた。最高裁判所は5月17日、政府と建材メーカーの賠償責任を認める判決を出した。政府が吹き付けアスベストの使用を禁止した1975年から46年、大阪・泉南アスベスト訴訟の提訴(2006年)から15年。この国では、まっとうな結論に至るまで、何事も長い年月を要する。

最高裁が被害者救済の根拠にしたのは、労働安全衛生法という法律である。この法律は1972年、労働基準法にあった労災防止関係の規定を分離・独立させ、より充実させて制定したものだ。

労働基準法が、雇用する側に労働時間の制限や差別的取り扱いの禁止など「最低限守るべきこと」を定めているのに対して、労働安全衛生法は雇用側に「快適な職場環境」をつくることを義務づけている。

つまり、雇用する側に対して、制限を超える長時間労働や国籍・性別などによる差別的取り扱いが許されないのは当然のことであり、さらに一歩進めて「働く者が安全で健康な状態で働けるような職場環境をつくりなさい」と求めているのである。

何とまっとうな法律であることか。アスベスト訴訟はこの法律にあらためて光を当て、世に広く知らしめることになった。愛する者を失った悲しみと病による苦しみを乗り越え、長い裁判を闘ってきた人たちの大きな功績と言わなければならない。

昔に比べれば大きく前進したとはいえ、働く者の立場は依然として著しく弱い。「安全で健康な職場環境」とは程遠い状態で働いている人が何と多いことか。差別やパワハラがまかり通っているのが現実だ。

私が暮らしている山形県でも最近、陰湿なパワハラ事件が発覚した。その舞台となったのは山形県総合文化芸術館(やまぎん県民ホール)である。山形県はこの新しい県民ホールを2019年秋に完成させ、その指定管理者にサントリーパブリシティサービスを中心とする共同企業体を選んだ。その会社の幹部がパワハラを繰り返していた。

この会社によるホールの運営は、当初から摩擦が絶えなかった。地元スタッフの退職が相次ぎ、幹部による特定の女性社員に対するパワハラが常態化していた。彼女は「睡眠障害と適応障害の疑い」と診断され、山形労働基準監督署に労災申請をして認定された。彼女を支援してきた労働組合が今年の4月末に記者会見して明らかにした。

本人から事前に詳しく話を聞く機会があった。上司が日々、信じられないような言動を繰り返していた。極め付きは「あなたは生きていることが恥ずかしいですか?」という発言だ。

2019年9月17日、本社から社長らが来訪して山形市内で懇親会が開かれた。その席で、県民ホールの支配人が場を盛り上げようとして「皆さん、今まで恥ずかしかったエピソードを披露していきましょう」と水を向けた。その時、副支配人が彼女にささやいたのだという。

その席には複数の地元スタッフがおり、近くにいた人にも聞こえた。サントリー側も否定することはできず、こうした発言も労災認定の決め手になったと思われる。

アスベスト被害でも、このパワハラでも、その根底にあるのは「働く者の安全と健康より利益追求を優先する姿勢」である。法律で「それは許されないことですよ」と規定しても、それに思いをいたすことなく、平気で違法なことをする人たちがいる。

企業の経営者や雇用主は、労働安全衛生法が何を求めているのか、あらためて読み返さなければなるまい。そして、働く者の憲章とも言うべき「労働基準法」の文言もかみしめてほしい。労働基準法は、その第1条(労働条件の原則)で次のように規定している。

「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」

労働基準法の制定は1947年、戦後間もなくだった。その頃、国民は敗戦の焼け跡の中で食うや食わずの生活をし、巷には失業者があふれていた。多くの人にとって「人たるに値する生活」など夢物語のような状況だった。

それでも、法律をつくった人たちは、日々の糧を得ることの先を見据えて、この言葉を盛り込まないではいられなかったのだろう。未来を信じ、その実現を後に続く人たちに託したのである。

人たるに値する生活。重い言葉であり、はるかなる道である。



*メールマガジン「風切通信 87」 2021年5月21日

*山形県総合文化芸術館の指定管理者については、山形県当局がきわめて不明朗な選定手続きをしており、2019年3月29日の風切通信55でその内実をお伝えしました。ご参照ください。

≪参考サイト&記事≫ *ウィキペディアのURLは省略
◎石綿(ウィキペディア)
◎中皮腫について(独立行政法人環境再生保全機構のサイト)
https://www.erca.go.jp/asbestos/mesothelioma/what/what_about.html
◎「国・石綿建材業者に賠償責任 最高裁、初の統一判断」(2021年5月18日付、朝日新聞)
◎「建設石綿、国と企業の責任認める 最高裁が統一判断」(2021年5月17日、日本経済新聞電子版)
◎大阪・泉南アスベスト国家賠償請求訴訟(ウィキペディア)
◎労働安全衛生法(ウィキペディア)、労働基準法(同)
◎労働安全衛生法律とは? 経営者がやるべきことをわかりやすく解説
https://squareup.com/jp/ja/townsquare/what-is-industrial-safety-and-health-act

≪写真説明&Source≫
◎アスベスト訴訟で勝訴し、垂れ幕を掲げる原告団(日経新聞電子版2021年5月17日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE14BXJ0U1A510C2000000/