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日本人は「自然なもの」を好む傾向が強い。それは庭園の様式を見れば、よく分かる。ヨーロッパの庭園は直線や円で仕切ることが多いが、日本の庭園は自然をそのまま凝縮した形で造られる。まっすぐな線を美しいとは感じない。あいまいさを愛(め)でる。

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そうした特質は言葉にも現れる。欧米の人たち、とりわけドイツ人は言葉の定義にこだわる。あいまいさを嫌い、何でも定義しようとする。ドイツの鉄血宰相ビスマルクが「政治とは妥協の産物であり、可能性の芸術である」と言い切ったのはその典型だろう。

「可能性の芸術」という表現は美しすぎるが、政治の要諦が妥協にあるのは間違いない。何を譲り、何を得るのか。政治はつくづく難しい。

山形県の吉村美栄子知事は2期目から、山形新幹線の機能強化や延伸ではなく、フル規格の奥羽、羽越新幹線の建設を求める政策を唱えだした。知事は何を譲り、何を得ようとしているのか。

1992年に山形新幹線が開通してから、県内では交通インフラについてさまざまな議論が交わされてきた。表1に見るように、7年後に山形新幹線が新庄市まで延びた後、当時の高橋和雄知事は「陸羽西線を使って庄内まで延ばす構想」に前向きだった。専門家を集めて「山形新幹線機能強化検討委員会」を立ち上げ、庄内までの延伸と福島・山形県境にある板谷峠のトンネル化を検討するよう要請した。

ところが、高橋知事は2005年の知事選で、加藤紘一代議士らが担いだ斎藤弘氏に敗れた。財政再建と採算重視を掲げる斎藤知事は、庄内延伸にも板谷峠のトンネル化にも関心を示さなかった。機能強化検討委は翌年の3月、新しい知事の意向に沿った報告書を出し、庄内延伸の構想は頓挫した。

新幹線論議が山形で再燃するのは2012年からだ。再選をめざす吉村知事は「簡単でないのは承知しているが、奥羽、羽越新幹線の整備を求めたい」と言い始めた。福島から山形を通って秋田に至る奥羽新幹線。富山から新潟、庄内、秋田、青森へと延びる羽越新幹線。その二つをフル規格の新幹線として建設する構想だ(図1)。知事は2期目の公約にし、山形県の長期計画にも盛り込んだ。

前の年に起きた東日本大震災で日本海側の交通インフラの脆弱さを痛感したこと、整備新幹線5路線の工事計画が固まり、「次の新幹線建設の優先順位をどうするか」が政治の重要課題になってきたことが念頭にあったと思われる。

山形新幹線は、法的には「新幹線」ではない。福島で東北新幹線につながる「新幹線直行特急」であり、福島から山形、新庄までは在来線の奥羽本線を走る。直行を実現するため、奥羽本線は新幹線用の標準軌道に改修されたが、踏切が残り、一部だが単線区間もある。福島・山形県境の板谷峠は急峻で、豪雪地帯だ。雪に阻まれ、運休することも少なくない。

開業当初こそ、「3時間足らずで東京に行ける」と喜ばれたが、「しょせんはミニ新幹線」といった不満が募っていった。決定的だったのは東北新幹線の青森延伸(2010年)である。東京から新青森までは713キロと、山形までの倍近くある。なのに、所要時間はそれほど変わらない。「フル規格の新幹線が欲しい」という声が出てくるのも無理はない。

「日本海側も太平洋側と同じく大事な国土。隅々まで新幹線ネットワークをつなぐことで、日本全体の力が発揮できる。全国の皆様にも関心を持っていただき、大きな運動のうねりをつくっていきたい」。吉村知事は昨年2月に開かれた日経フォーラムで、フル規格の奥羽、羽越新幹線構想に理解を求めた。

正論である。正面切って、反対はしにくい。だが、果たして実現の可能性はあるのか。整備新幹線の5路線に次いで、奥羽、羽越新幹線構想が政府の基本計画に載ったのは1973年、高度経済成長期である。それから半世紀。日本は少子高齢化と人口減の時代を迎え、緩やかな下り坂に差しかかっている。図2に見るように、北海道の新幹線整備はこれからだ。四国にも山陰にも新幹線網は届いていない。

東北の日本海側を貫く新幹線はないが、山形も秋田もミニ新幹線で東京とつながっている。北陸新幹線の建設には1キロ100億円もかかった。政府も自治体も膨大な借金を抱えている。そうしたことを考えれば、奥羽新幹線も羽越新幹線も夢物語と言うしかない。夢を追うのは夢想家の仕事であって、政治家の為すべきことではない。

現在の新幹線整備計画が一段落した後に考えるべきことは、むしろミニ新幹線の知恵と経験を全国でどのように活かしていくか、ということではないか。

ミニ新幹線第1号となった山形新幹線は、1987年末の予算折衝で政府の建設費補助が内定してから5年足らずで開業にこぎつけた。在来線を使ったこともあり、用地買収の必要はなく、総事業費は620億円で収まった(開業時の概算)。フル規格の新幹線建設とはけた違いの安さだ。ある意味、時代を先取りした「エコな事業だった」と再評価されていい。

実際、四国では「スーパー特急方式」と名付けて、ミニ新幹線と同様、在来線を活用する案も検討されている(図3参照)。山陰にしても、大阪から鳥取、島根とつながるフル規格の新幹線を待つより、岡山から松江へと中国山地を縦断するミニ新幹線を建設する方が現実的だろう。

話を地元に戻せば、山形県が一体となって発展していくという観点からも、山形新幹線の庄内延伸をもう一度、真剣に検討すべきではないか。夢物語の奥羽、羽越新幹線構想を追う限り、山形新幹線の庄内延伸は店(たな)ざらし状態のまま、一歩も進まない。

もちろん、庄内延伸も簡単ではない。何よりも、庄内の2都市、酒田と鶴岡の利益が一致しない、という問題がある。JRの鉄路は余目(あまるめ)駅で酒田方面と鶴岡方面に分かれる(図4)。まず、どちらに延ばすかでもめる。酒田市は新幹線の延伸に熱心だが、より新潟に近い鶴岡市の人たちは「羽越本線を高速化して新潟で上越新幹線に乗り換えた方が早い」と考えているようで、延伸に背を向ける人もいる。

しかし、そういう時こそ、政治家の出番ではないか。余目駅から酒田、鶴岡の両方に新幹線を延ばして両方を終着駅にする、という方法もある(始発は半分ずつ)。あるいは、酒田に延伸する代わりに鶴岡には別の面で力を注いで妥協を図る道もある。要は、山形新幹線をなんとしてでも庄内まで延ばし、名実ともに「山形新幹線」という名にふさわしいものにする、という決意があるかどうかだ。

フル規格の奥羽、羽越新幹線構想に関しては、実は吉村知事より先に提唱した人たちがいる。山形新聞である。表1にも記したが、2000年1月に「幻の新幹線・奥羽、羽越の実現決意」という社説を掲げた。両新幹線を整備計画線に格上げする運動を「怠りなく、より強めていかなければならない」と訴え、「本県が“ミニ”のままでよいのか」と結んでいる。

その心意気は理解できるが、この社説を書いた時、筆者は庄内の人たちの気持ちをどのくらい思いやったのだろうか。「奥羽、羽越」と併記してみても、奥羽が優先されることは目に見えている。フル規格の新幹線構想を唱えることは、そのまま「庄内のことは自分たちで何とかしたら」と言うに等しい。

もともと、庄内の人たちには「内陸のやつらは信用できない」という思いがある。内陸の人たちは「庄内の連中は気位が高く、いがみ合ってばかりいる」と反論するのかもしれない。戊辰戦争以来の怨恨(えんこん)がいまだにうずいている、と指摘する人もいる。

そういうわだかまりを解きほぐしていくためにも、フル規格の奥羽、羽越新幹線の建設より山形新幹線の庄内延伸の方がはるかに優れた選択肢ではないか。

フル規格の新幹線構想にこだわる吉村知事は最近、板谷峠にトンネルを掘る計画にご執心だ。長さ23キロの長大なトンネル。JR東日本によれば、事業費は在来線用のトンネルで1500億円、フル規格の新幹線用となれば、さらに120億円上積みされる。上積み分は地元負担になるという。このトンネルによって短縮される時間は10分ほどだ。

田中角栄氏が日本列島改造論を唱えた時代ならともかく、膨らむ医療費や福祉と介護の負担をまかなうため消費税を引き上げる算段をしている時期に、このような話が通るわけがない。私たちの社会がこれから辿る道を考えれば、何を優先すべきか、自ずから見えてくるだろう。

吉村知事には、ビスマルクのもう一つの言葉を伝えたい。彼は、政治家としての長くて厳しい歩みを踏まえ、こう言っている。「政治とは、歴史に刻まれる神の足音に注意深く耳を傾け、その道をひととき共に歩むことである」

*メールマガジン「風切通信 59」 2019年6月29日

*このコラムは月刊『素晴らしい山形』の7月号に寄稿した文章を転載したものです。

≪写真説明≫
山形新幹線



≪参考文献&サイト≫
◎『山形新幹線 鉄路の復権』(鹿野道彦、翠嵐社)1992年
  142ページに山形新幹線の総事業費620億円の内訳がある(工事費320億円、車両費200億円、標準軌用車両費など100億円)
◎『山形新幹線 鉄道21世紀への飛躍』(東日本旅客鉄道株式会社、今野平版印刷)1992年
◎「次の新幹線はどこに?」熱を帯びる誘致合戦(東洋経済ONLINE 2018年2月5日 )
  図1の「奥羽、羽越新幹線構想」、図3の「四国新幹線構想」はこの記事から引用
https://toyokeizai.net/articles/-/207148?page=3
◎盛岡?新青森、320キロ解禁へ JR東が防音工事(朝日新聞DIGITAL 2019年1月14日)
  図2の「新幹線の整備状況」はこの記事から引用
https://digital.asahi.com/articles/photo/AS20190114000403.html
◎日経フォーラム「実装に入った地方創生」での吉村美栄子・山形県知事の講演概要
https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXMZO3550948019092018000000/
◎ウィキペディアの「山形新幹線」「整備新幹線」「奥羽新幹線」「四国新幹線」の各項(URL省略)
◎板谷峠トンネル化、「フル」か「ミニ」か、仕様巡り県と地元摩擦(河北新報ONLINE NEWS 2019年1月22日)
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201901/20190122_53004.html
◎新板谷トンネルの概要(鉄道計画データベース)
https://railproject.tabiris.com/yamagatatunnel.html
◎山形新聞の2000年1月10日付社説「幻の新幹線・奥羽、羽越の実現決意」、「山形にフル規格新幹線を」と題した一連のキャンペーン記事
◎ビスマルクの言葉「政治とは、歴史に刻まれる神の足音に注意深く耳を傾け、その道をひととき共に歩むことである」(筆者訳)の英語表現は次の通り(ニューヨークタイムズの書評とURL)。
Statesmanship consists of listening carefully to the footsteps of God through history and walking with him a few steps of the way.
https://www.nytimes.com/2011/04/03/books/review/book-review-bismarck-by-jonathan-steinberg.html
◎ドイツ語版ウィキペディア「ビスマルク Bismark」
https://de.wikipedia.org/wiki/Otto_von_Bismarck




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