大金を盗んだ泥棒が犯行発覚の後、「悪かった。金は返す」と言えば許されるのか。他人の金をだまし取った詐欺師がばれた後、「反省している。全額返す」と言えば許されるのか。

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そんなことは法律の専門家に聞くまでもない。どちらのケースも許されるはずがない。「謝って済むなら警察は要らない」のであり、そんなことは「お天道様が許さない」からである。

だが、山形県議会の坂本貴美雄議長も吉村美栄子知事も、ものの道理など気にならないようだ。野川政文・元県議による政務活動費の不正受給について、坂本議長は「告発しない」と何度も言明し、吉村知事も記者会見で「すでに議員を辞職し、社会的制裁を受けている。全額返還する意思も示している。こういったことを総合的に判断して告訴しない」と述べた。

あきれる。2人とも、ごく普通の県民がこの事件にどのくらい怒っているか、まるで理解していない。理解しようともしていない。普通の人が毎月8万円の収入を得ようとすれば、どのくらい働かなければならないか、考えたこともないのだろう。

野川元県議は何をしたのか。あらためて確認したい。県議には月額77万8000円の議員報酬のほかに1人当たり月に28万円の政務活動費が支給される。これは報酬(給与)ではなく、県政に関する調査研究や事務所の維持、事務職員の給与などに充てるための費用である。余ったら県に返すことになっている。

政治に金がかかることは誰もが理解している。従って、政務活動費の趣旨に沿ってきちんと支出し、残余を返却している分には誰も文句は言わない。

だが、野川氏は事務職員を雇ったように装い、勤務の実態がないのに毎月8万円の領収書に署名捺印させ、政務活動費として計上していた。つまり、毎月8万円の人件費をごまかし、懐に入れていたのである。この事務職員には毎月1万円を払っていたというが、勤務実態がないのだから、これも含めてだまし取っていたことに変わりはない。

虚偽の領収書を使っての詐欺行為は、2008年度から2020年度まで13年間に及んだ。総額1248万円に達する。刑法第246条2項の詐欺罪(人をだまして不法の利益を得る)に当たることは明白だ。

許しがたいのは、こうした詐欺行為を13年にわたって続けていたことだけではない。この間、2014年には兵庫県議会で「号泣県議」こと野々村竜太郎県議の架空出張問題が明るみに出て、そのでたらめさ加減に世間があきれる事件があった。野川氏はその前後も詐欺行為を続けていた。

さらに、山形県でも2016年9月に阿部賢一県議による政務活動費の不正受給が発覚した(発覚後、阿部氏は議員を辞職)。野川氏はこの時、県議会の議長をしており、白々しくも「県議会としてけじめが必要だ」「刑事告発を検討する」と述べた(刑事告発は民進、社民系の県政クラブが反対したため見送られた)。

加えて、野川氏はこの時、全国都道府県議会議長会の会長の座にあり、議員の範たるべき立場にあった。にもかかわらず、平気で詐欺行為を続けていたのである。何と破廉恥な政治家であることか。

彼はこの詐欺行為を恥じて「自白」したわけでもない。信頼できる筋によれば、山形県警は去年の9月ごろには野川氏のこうした不正行為を把握し、政務活動費の収支報告書や人件費の領収書などを任意で提出させていたという。県警がなぜ、このような明白な詐欺事件を立件しなかったのかは不明である。何らかの力が働いて「立件見送り」の判断をしたようだ。

事件は警察の捜査ではなく、報道によって明るみに出た。NHK山形放送局が11月4日朝のニュースで特ダネとして報じ、新聞と民放各社が追いかけて広く知られるに至った。各社入り乱れての報道合戦が繰り広げられ、人件費以外の不正行為も明らかになった。野川氏は自宅の一部を事務所として使っており、自宅の光熱費の2分の1を政務活動費として計上していた。

だが、県議会が自ら定めた「政務活動費の手引」(2017年2月改訂版)によれば、事務所は県政に関する調査や研究だけでなく、選挙や後援会活動でも使うのが常であり、こうしたケースでは原則として自宅の光熱費の4分の1を政務活動費として計上するルールになっている。つまり、事務所費や事務費でも長期にわたって経費の4分の1を不正に得ていたのである。

こちらは「詐欺」と言えるかどうか微妙だが、不正であることに変わりはない。議長まで経験した議員が「知らなかった」あるいは「勘違いした」と言い訳して済む問題ではない。

悪事が露見してからの野川氏の行動は素早かった。第一報の2日後には坂本議長に議員辞職願を出し、11月15日には山形市内のレンタル会議場で記者会見を開いた。その釈明は最初から最後まで支離滅裂だった。

架空の事務職員には毎月1万円を渡し、残りの7万円は「政治資金として提供してもらった」と述べた。だが、政治資金報告書には何の記載もない。だまし取った金を「私的に流用したことはない」と言い張ったが、何に使ったかの領収書などは何もない。こんな説明では、まるで説得力がない。

「説得力がない」という点では、県議会の坂本貴美雄議長の言い分も吉村美栄子知事の主張も同じだ。

坂本議長は報道陣に対して、何度も「議会としての告発は法制度上、できない」と述べた。ウソである。議会が構成メンバーである議員を告発することは法的に可能だからだ。現に、先に述べた野々村・元兵庫県議の不正事件では、兵庫県議会が各会派代表の連名で虚偽公文書作成・同行使罪で県警に告発している。野々村氏は起訴され、2016年7月に神戸地裁で執行猶予付きの有罪判決を受けた。

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坂本議長はなぜ、このようなウソを繰り返したのか。県議会事務局が入れ知恵したのだろうと推測して問いただしたら、その通りだった。県議会事務局が「議会としての告発はできない」という主張の根拠にしたのは、株式会社「地方議会総合研究所」の代表取締役、廣瀬和彦氏が書いた『100条調査ハンドブック』(ぎょうせい)という本にある次の一節だ。

「議会は地方公共団体の一機関であり、法人格を有しないため、一般に告発する権利を有しない」

この本は地方自治法の第100条に基づく議会による不祥事などの調査についての解説本で、いわゆる「百条調査委員会」が作られた場合のみ、議会は告発することができ、「それ以外では告発する権利がない」と解説している。

つまり、県議会事務局は株式社会の社長の見解をうのみにし、それを坂本議長に伝え、議長もそれを頼りに発言しているに過ぎない。

刑事訴訟法は第239条で「何人(なんぴと)でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる」と規定しており、その「何人」には法人格のない団体も含まれると考える解釈の方が有力なのだ。

だからこそ、法人格のない市民オンブズマン山形県会議でも野川氏を告発することができるのであり、必要なら私が主宰する地域おこしの小さなNPO「ブナの森」として告発することも可能なのだ。

「議会が法制度上、告発できるかどうか」は刑事訴訟法の解釈の問題であり、『100条調査ハンドブック』は「できない」という一つの解釈を示しているに過ぎない。坂本議長にも県議会事務局にも「もっとしっかり調べてから発言すべきだ」と言いたい。

百歩譲って、『ハンドブック』の解釈が正しいとしても、先に書いたように議会には「各会派の代表者の連名で告発する」という方法もある。議長が議会各派の了承を得て議長個人として告発する道もある。「法制度上、できない」という表現は誤りであり、報道陣を惑わすものだ。要するに「告発したくないんです」と言っているに過ぎない。

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吉村知事の対応もお粗末きわまりない。政務活動費の問題は「一義的には議会の問題」と主張して逃げ切ろうとしている。「議会の問題」であることは間違いないが、その議会がきちんと対応しないなら、公金をだまし取られたのだから納税者の代表として知事が告訴するのは当然のことではないか。

それを「すでに社会的制裁を受けている」とか「過去に遡って全額返還する意思も示している」などと言って逃げようとするのはおかしい。1月12日の記者会見では、報道陣の追及にたまりかねたのか「さらに一歩進めて、息の根を止めるようなところまでやるのかというようなことも、ちょっと私としてはそこまでは・・」と口走った。

驚くべき発言である。法律に基づいて知事として為すべきことを「息の根を止める行為」と表現するとは。情報公開の不開示訴訟で知事を相手に争った際にも感じたことだが、この人は「法の支配の重要さ」あるいは「政治倫理の向上」といった問題についてまるで無頓着だ。知事としての適性を疑いたくなる発言である。

ともあれ、知事も県議会議長も当然為すべきことをしないのであれば、市民オンブズマン山形県会議としては「市民としての義務」を粛々と果たすしかない。みんなボランティアとして無報酬で働いており、もっと建設的なことをしたいのは山々だが、そうも言っていられない。やむなく、1月14日に山形地方検察庁に告発状を提出した。告発状は、市民オンブズマン県会議という団体として提出し、さらにメンバー4人も個人として名を連ねた。

告発するには「動かぬ証拠」が必要である。野川氏が作成して県議会議長に提出した政務活動費の収支報告関係文書のうち、保存期間が過ぎたものはすでに廃棄されていて無い。従って、関係文書が残っている2015年度以降の人件費の不正に絞って告発した。

詐欺罪の公訴時効は7年であり、それ以前の罪を問うことはできない。また、事務所費や事務費についても不正があることは明白だが、どのような罪に当たるかは難しいところだ。ゆえに、告発状ではそうしたことについては検察側に判断をゆだねた。

あとは、山形地検が県警と連携しながら適切な捜査を積み重ね、きちんと起訴するのを待つしかない。万が一、このような悪質、破廉恥な詐欺行為について、検察が「不起訴」あるいは「起訴猶予」などという不真面目な決定をしたならば、オンブズマンとして今度は検察を相手に法的な手段に訴えて闘わざるを得なくなる。

検察庁は「我々は、その重責を深く自覚し、常に公正誠実に、熱意を持って職務に取り組まなければならない」との理念を掲げている。そういう人たちがよもや、自分たちの理念に反するようなことはすまい、と信じたい。


長岡 昇 (NPO「ブナの森」代表)



*初出:月刊『素晴らしい山形』2022年2月号


≪写真説明&Source≫
◎2017年1月の全国都道府県議会議長会の総会で挨拶する野川政文氏(同議長会のサイトから)
http://www.gichokai.gr.jp/topics/2016/170120-2/index.html

◎2021年11月、報道陣の質問に答える坂本貴美雄議長(NHKのサイトから)
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/lastweek/71511.html

◎山形の名産品ラ・フランスを手に首相官邸で安倍晋三氏と写真に納まる吉村美栄子知事(2016年11月28日)。この写真は山形県政記者クラブの加盟各社に配布された