地方紙を購読している人は、今日(12月22日)の朝刊に公文書の管理に関する大きな記事が載っているのに気づいたのではないか。私が暮らしている山形の地元紙は「公文書専門職 1000人養成」「政府方針 2021年から認証開始」と、1面トップで報じた。ブロック紙の中日新聞も同じ記事を掲載しているから、地方紙などに記事を配信している共同通信の特ダネだろう。

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記事に目を通して、あきれた。公文書の管理をよりしっかりしたものにするため、政府は公文書管理の専門職(アーキビスト)の公的な資格認証制度をつくる方針を固め、2021年から認証を始めるのだという。お題目はその通りでも、本当の狙いはまるで違うだろう。

安倍政権の下では、森友学園問題で公文書を改竄し、加計学園問題では愛媛県が作成した文書を「怪文書」扱いするなど、公文書をめぐる不祥事が相次いだ。それでも懲りず、首相主催の「桜を見る会」騒動では、招待客のリストを手際よくシュレッダーにかけて廃棄した。

「それらを深く反省し、公文書の管理をしっかりしたものにするため専門職を養成する」と言えば、聞こえはいいが、安倍首相や政権の幹部、官僚たちがそんな殊勝なことを考えているとは思えない。不祥事を利用して新しい事業を始め、官僚の天下り先をまた一つ増やそう――それを狙っているのではないか。政権への批判をかわすのにも役立つ、と。実にあくどい。

共同通信の記事には「現在は民間資格に基づく少数のアーキビストしかおらず、欧米の先進国に比べて態勢の不備が指摘されている」とある。「公文書の管理でも欧米先進国に追いつくための良い政策」と印象づけたいのだろう。官僚が用意した文言を引き写したに違いない。情けない。

共同通信は9月に関西電力・高浜原発がらみの巨額裏金疑惑をスクープした。金沢国税局の税務調査を基にした、実に見事な特ダネだった。が、今回の「特ダネ」はこれとは真逆である。安倍政権の高官か官僚が意図的にリークしたものを膨らませて書いた、いわば「おこぼれスクープ」だ。

本文で「民間にも公文書専門職(アーキビスト)の資格認証制度がある」と書いているのに、その具体的な内容を、本文でも解説記事でもまったく報じていないのだ。詳しく伝えると“スクープ”の迫力が損なわれてしまうので意図的に軽く触れるに留めた、としか思えない。

ネットで調べたら、すぐに分かった。この「民間の資格認証制度」とは、日本アーカイブズ学会が2012年から始めた制度のことだ。確かに「公的な制度」ではないが、制度を運用しているのは日本カーカイブズ学会というきちんとした団体である。すでに100人近い専門家がアーキビストとして認定されている。

この学会は、2004年設立と歴史は浅いが、日本学術会議の協力学術団体であり、しっかりした組織だ。初代の会長は学習院大学文学部の高埜(たかの)利彦教授、二代目の現会長は人間文化研究機構の高橋実教授。公文書の管理はどうあるべきか。そのためにアーキビストをどのようにして養成、認証していくか。それを真剣に考え、実践してきた人たちがつくった学会である。

こういう人たちがつくった認証制度なら、安倍政権の下で公文書の改竄と廃棄に励んできた官僚たちがこれから作ろうとしている「公的な資格認証制度」などより、はるかに信頼できる。公的な制度をつくるとなれば、また新しい外郭団体ができ、官僚の天下り先になるに決まっている。不祥事をテコにして権益の拡大を図る、得意の手口ではないか。

それが透けて見えるなら、少なくとも解説記事では「歴代の自民党政権は『民間の力を活用する』と言ってきた。きちんとした民間の認証制度がすでにあるのだから、税金を使って屋上屋を架す制度をつくる意味があるのか」くらいのことが書けないのか。

この特ダネを書いた記者は日頃、永田町の首相官邸や霞が関の官庁に張り付いて取材しているのだろう。権力周辺の悪臭にどっぶりと漬かり、いつの間にか記者として欠かせないバランス感覚まで失ってしまったとしか思えない。

日々、次々に起こることを追いかける記者の仕事はきつい。他社を出し抜くスクープを放つのはより難しい。さらに、権力が仕掛ける罠にかからないようにするのはもっと難しい。報道という仕事の困難さとほろ苦さを感じさせてくれる記事ではあった。

*メールマガジン「風切通信 66」 2019年12月22日



≪写真説明&Source≫
◎「公文書専門職の養成」を報じる山形新聞の1面

≪参考記事&サイト≫ *ウィキペディアのURLは省略
◎12月22日付の山形新聞、中日新聞(電子版)
◎日本アーカイブズ学会(ウィキペディア)
◎日本アーカイブズ学会の公式サイト
http://www.jsas.info/