メールマガジン「風切通信 51」 2018年12月26日

 1期目の知事や市長は強い、というのが選挙の常識である。現職が再選を目指して敗れることは滅多にない。だが、2009年1月の山形県知事選挙ではその稀有(けう)なことが起きた。1万票の僅差ながら、新顔の吉村美栄子氏が現職の斎藤弘氏を破ったのである。東北初の女性知事誕生。鮮烈なデビューだった。

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 当時の麻生太郎首相の不人気、山形県の保守勢力の分裂、野党共闘の巧みさといったことに加えて、吉村陣営のキャッチフレーズ「冷(つ)ったい県政から温かい県政に」が効いた。元銀行マンの斎藤氏は財政再建を旗印に公共事業や福祉の予算をバサバサ削った。その容赦のなさに、多くの県民は凍えていたのである。

 斎藤氏の日ごろの言動も、人々の心を萎(な)えさせた。知事室に陣取り、あまり人に会おうとしない。また、会った人に聞いても「こっちの話に耳を傾けようとしなかった」という。この人は、知事になったその日から、毎日、票を減らすような振る舞いをしてきたのだろう。行政運営の冷たさにも増して、人柄への嫌気が敗北の大きな原因だったのではないか。

 吉村美栄子氏が知事に就任したのは2月14日である。新しい知事はよく人の話を聞いた。土砂崩れがあれば、すぐに現場に駆け付けた。前任者との落差は大きく、人気は日増しに高まった。だが、順風満帆の帆には、すでに小さなほころびが生じていた。

 就任から5カ月後、吉村知事は条例に基づいて自らの資産を公開した。表1の通り、土地や建物、預貯金や国債など総額1億598万円。「普通の主婦から県知事に、と報道されたりしたけど、ちょっと違うね」と感じた県民は少なくない。この条例は、国会議員の資産公開法に基づいて制定されたもので、もともと抜け穴が多い。不動産は固定資産税の課税標準額で報告すればよく、実勢価格とはかけ離れている。預貯金も普通口座の分は含まれない。株式に至っては銘柄と株数を公表すればいいことになっている。

 株取引に詳しい知人によれば、東京海上ホールディングスの2009年1月5日の始値(はじめね)は1株2650円なので、これで計算すれば計437万円になる。ケーブルテレビ山形の株は非公開だが、1株の額面は5万円なので単純計算すれば200万円になる。鉄鋼関係の貿易会社、首長国際(香港)の株価は安く、2万株でも6万円ほどである(2018年11月末の株価で計算)。安徽海螺水泥股分は2000株で 100万円ほど。羅欣薬業は非公開なので資産 価値は不明だ。

 これらの株式と不動産の実勢価格との差額を加えれば、吉村知事の資産は公表されたものよりはるかに多いが、私が「小さなほころび」と呼ぶのはそのことではない。ケーブルテレビ山形の株を保有していたこと、そして、それだけでなく、その後、この株を「手放した」ように装っていること。それが問題なのだ。

 山形県庁が実施する入札に参加する企業は数多くある。その中で、発注者である知事がたった1社、ケーブルテレビ山形の株式を持っているのは「入札の公平性の確保」という観点から好ましくない。資産公開は知事に就任した2月14日時点の資産を明らかにすることになっている。厳しい選挙の直後で、そうしたことまで配慮が行き届かなかったのかもしれない。だから、その時点で保有していたことを批判しようとは思わない。

 問題はその後だ。先月号で私は「(知事はこの株を)ほどなく手放している」と書いたが、ケーブルテレビ山形の「株主名簿」にあらためて目を通してみると、なんと知事と同居している長男の名前があるではないか。長男を直撃すると、彼は「会社から書類が送られてきている」と述べ、株を保有していることを認めた。

 すべての年度の株主名簿が入手できているわけではないので断言はできないが、問題の40株は資産公開の前後に吉村知事から長男に譲渡された疑いが濃厚である。息子に株を譲って「私は持っていません」と言っても、有権者の多くは納得しないだろう。いつ、株を譲ったのか。知事あての質問書を秘書課長に託したが、回答は得られていない。

「法律にも条例にも違反していない。回答する必要はない」と言いたいのかもしれない。確かに、違反してはいない。だが、知事に資産公開を義務付けている条例の正式な名称は「政治倫理の確立のための山形県知事の資産等の公開に関する条例」である。政治倫理、さらには人としての道義という観点から見れば、大いに問題がある。

 政治家の資産公開問題に詳しい神戸学院大学の上脇博之(かみわき・ひろし)教授は「資産を隠すために配偶者や子どもに譲った形にしてごまかすケースが後を絶たない。同居の親族や扶養する親族の資産も公開の対象にすべきだ」と提唱している。

 こうした批判にさらされて、政府は2001年1月に「国務大臣、副大臣及び大臣政務官規範」を閣議決定し、閣僚や副大臣、政務官については「配偶者及びその扶養する子の資産も公開する」と決めた。許認可権限の大きさを考えれば、都道府県知事についても資産公開の対象を広げるのは当然であり、同居の親族の資産も公開の対象にすべきだろう。

 吉村知事は昨秋、県政運営の透明性を高めるため、有識者を集めて「情報公開・提供の検証見直し第三者委員会」(通称・見える化委員会)を立ち上げた。委員会は審議を重ね、この秋に「公文書は原則として公開する。非公開は必要最小限にとどめるべきだ」といった提言・報告書をまとめた。時代は、より一層の情報公開を求めている。なのに、知事は自分や身内のことになると「見えない化」にいそしむ。

 そうした姿勢は、山形県の情報通信技術(ICT)政策にどのような形で現れてくるか。表2は、吉村美栄子氏が知事になった2009年以降の「山形県情報化推進懇話会」の年度ごとのメンバー一覧である。情報技術を県政にどのように活かしていくのか。外部の有識者を集めて助言を求め、県の計画に反映させることを目的にしている。2018年から「山形県ICT政策推進懇談会」と名前を変えた。

 懇話会や懇談会には毎回、県の情報技術政策を担当する部長や課長、課長補佐が出席する。委員には「山形県ICT推進方針(仮称)中間報告(案)」や「今年度のICT関連事業一覧」といった資料が配布される。県の担当者との人脈を築き、県の大まかな方針と事業の概略を知ることができる。私がこの分野の営業担当者なら「お金を払ってでも入れてほしい」と思う集まりである。

 会のメンバーは毎回、少しずつ入れ替わっている。社長や支店長の交代があるからだが、この10年間、ずっと委員を務めている人物がいる。ケーブルテレビ山形(現ダイバーシティメディア)の吉村和文氏である。知事が直接、指名したのか。それとも、担当部局が忖度(そんたく)して入れたのか。判然としないが、知事の義理のいとこだけがたった一人、座り続けているのは異様と言うほかない。

 先月号で、吉村和文氏が代表取締役社長あるいは理事長として率いる企業や法人は確認できただけで六つある、と書いたが、和文氏のブログ「約束の地へ」のプロフィールによれば、彼は「現在、15の会社経営を担っている」という。残りの九つがどれなのか、いずれはっきりさせたい。

 グループ企業の法人登記を見ると、所在地はダイバーシティメディアの本社がある「山形市あこや町一丁目2ー4」となっている会社が多い。取締役にしても、同じ人物が何度も顔を出す。従業員もいくつかの会社の仕事を掛け持ちしているのだろう。新しい仕事を始めるたびに新しい会社を立ち上げている、という印象だ。こうした手法にどういうメリットがあるのか。それも解明したい。

 これまで調べた限りでは、吉村一族の企業・法人グループには、主に次の分野で公金が支出されている。(1)ケーブルテレビの施設整備(2)情報通信技術分野(ハード&ソフト)(3)映画など映像メディア分野(4)観光キャンペーン・広告分野(5)教育や福祉などの公益事業、の五つである。いくつか重なるケースもある。

 これらを一つひとつ丁寧に腑分けしていけば、山形県庁や山形市役所の周りで何が起きているのか、おぼろげながら見えてくるだろう。




*この記事は、地域月刊誌『素晴らしい山形』2019年1月号に寄稿したものを若干手直しして転載したものです(表1、表2をクリックすると、内容が表示されます)。

≪写真説明とSource≫
山形県知事選挙から一夜明け、自宅で新聞を手にしながら取材に応じる吉村美栄子氏(2009年1月26日、山形市内で)=時事通信社
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