*メールマガジン「風切通信 17」 2016年10月24日

 アメリカは厄介な問題をたくさん抱えている国です。傲慢さに腹が立つこともあります。けれども、米国発のこういう記事を読むと、「活力にあふれた、実に面白い国だ。この世界を良くするために闘う気概にあふれている」とあらためて感じます。

 「ヤクザ・オリンピック」と銘打った記事が米国のウェブ情報サイト「デイリー・ビースト」に掲載されたのは2014年2月8日(米東部時間)のことでした。ロシアのソチで冬季五輪が開催されているさなか、森喜朗・元首相がその直前に東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長に選出されたタイミングをとらえて、気鋭のジャーナリストが放ったスクープです。それは次のような書き出しで始まります。

「米財務省は2012年9月、日本で2番目に大きい暴力団住吉会とその会長、福田晴瞭(はれあき)氏ら幹部に制裁措置を課した。これによって、米国内の彼らの資産は凍結され、米国の企業や団体は彼らと取引できなくなる。福田氏とその仲間は米国政府のブラックリストに載せられたが、日本オリンピック委員会(JOC)は彼らを『歓迎されざる団体』とは見ていないようだ。写真や文書、住吉会関係者の証言、警察筋によると、JOCの田中英壽(ひでとし)副会長は住吉会の福田会長とかつて昵懇の間柄(good friends)にあった。田中氏は日本最大の暴力団山口組や他の暴力団のメンバーとも交友がある」

「田中氏に加えて、森喜朗・元首相もヤクザと付き合いがあったとメディアで報じられている。彼は1月24日に東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長に就任した。警察筋は、この2人がヤクザと過去にどのくらい関わりがあったのか、現在どの程度のつながりがあるのかを調べている、と語った。安倍晋三首相は誘致の際、2020年東京五輪はクリーンで犯罪と無縁の大会になると約束したが、書籍や雑誌、ゲームソフトでのヤクザの人気ぶりを考えると、そのようなイメージは持てない。東京五輪は『ヤクザ・オリンピック』として、多くの観光客を惹きつけることになるのではないか」

 JOC副会長の田中英壽氏は日本大学の理事長です。日大相撲部の選手として学生横綱になり、相撲部の監督、日大常務理事を経て理事長に上り詰めました。1998年、福田晴瞭氏が住吉会の二代目会長を襲名し、ホテルニューオータニで襲名披露のパーティーを開いた際、田中氏はその祝いに駆けつけ、一緒に写真に収まっています。スポーツ界からの暴力追放をうたうJOCは、暴力団の会長襲名披露宴に出席するような人物を副会長に据えているのです。もう一人の森喜朗氏も暴力団との付き合いが長い。暴力団稲川会の会長らが主賓の結婚式に出席して来賓としてあいさつしていたことや大阪で暴力団の幹部と酒を酌み交わしていたことが週刊誌で報じられています。

 米国発の記事は、こうした日本国内での報道を警察関係者への取材で裏付けし、田中英壽氏と森喜朗氏の暴力団との付き合いが長くて深いものであることを明らかにしています。そして、東京五輪では開催に向けて巨額の公共事業が行われること、暴力団にとって土木建設工事は大きなビジネスチャンスであること、入札をめぐる情報をいち早く入手するために暴力団がJOCや五輪組織委とのコネを必要としていることを指摘しています。今日の東京五輪の競技会場建設をめぐる騒動や築地市場の豊洲移転をめぐる疑惑を見通していたかのような、鋭い記事です。

 この記事を書いたジェイク・エーデルスタイン記者は米国ミズーリ州の出身です。19歳で来日し、上智大学で日本文学を専攻した後、読売新聞に外国人初の記者として採用されました。社会部に所属し、日本の暴力団を徹底的に取材した記者です。山口組系の後藤忠政組長が米国で肝臓移植手術をするためFBIと取引していることをスッパ抜こうとして後藤組に察知され、家族ともども脅されたため読売新聞を退社して帰国した、と別の記事で明らかにしています。米国に拠点を移して、日本の裏社会を追い続けているのです。

 記事を掲載した「デイリー・ビースト」というウェブ情報サイトも面白い。直訳すれば「野獣日報」。編集長のモットーは「われわれはスクープとスキャンダル、秘められた物語を追う。ごろつきや頑固者、偽善者に立ち向かうことを愛する」。米国内で「ベストニュースサイト賞」を2度受賞しているだけのことはあります。

 当時、日本のメディアはこの記事を黙殺しました。転電したのは日刊ゲンダイだけだった、ということを前々回のコラムで紹介した『2020年東京五輪の黒いカネ』(宝島社)で知りました。こういう記事が出ると、「そんな裏の事情など知っていた。だけど、書けない事情があるんだ」とうそぶく記者がいます。立花隆氏が『文藝春秋』で田中角栄首相の金脈と人脈を暴露した時にそうであったように。しかし、書かない記者、書かれない記事には何の価値もありません。半ば周知の事実ではあっても、それをきちんと調べ、的確に書くことは大変なエネルギーと勇気を要することです。

 この記事が優れているのは、政治家とゼネコン、暴力団というトライアングルが持つもう一つの意味を暗示しているところにあります。政治家が一番恐れるのは、談合にかかわったり、入札情報を流したりしたことが発覚し、捜査の対象になって政治生命が危うくなることです。どんなに揉まれていても、ゼネコンの幹部や社員は堅気のサラリーマンです。検察官の前に引きずり出されて尋問されれば、動揺してしゃべってしまう恐れがあります。が、互いに暴力団を経由して情報をやり取りすればどうか。

 暴力団はもともと「法の支配」など気にしていません。検察官など怖くはありません。刑務所に行くことも厭いません。むしろ、箔が付くくらいです。情報を暴力団経由で流すことで発覚のリスクは格段に小さくなります。暴力団と付き合う政治家はそのメリットを十分に承知しているのです。暴力団が手に入れた資金を「マネーロンダリング」できれいにしようとするように、政治家は入手した事業計画や入札価格を暴力団経由でゼネコンに流して「情報ロンダリング」をしてきたのでしょう。

 森喜朗・元首相や石原慎太郎・元都知事といった面々はその効用をよく知っているからこそ、ゼネコンと暴力団の両方と付き合い、社会の表と裏を巧みに泳いできたと考えられます。このまま逃げ切れるか、それとも棺の蓋が閉まる前に悪事の数々が白日の下にさらされるのか。今回の騒動は伏魔殿・東京の改革などという枠を越えて、日本の政治や司法の成熟度、社会そのものの成熟度が試される機会となるのではないか。


≪参考サイト&文献≫
◎デイリー・ビーストの記事「ヤクザ・オリンピック」(英文)
http://www.thedailybeast.com/articles/2014/02/07/the-yakuza-olympics.html
◎ウィキペディア「福田晴瞭・住吉会会長」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E7%94%B0%E6%99%B4%E7%9E%AD
◎日本大学の公式サイトにある田中英壽理事長のプロフィール
http://www.nihon-u.ac.jp/history/successive/chairman_12.php
◎英語版ウィキペディア「The Daily Beast」
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Daily_Beast
◎The Daily Beast の公式サイト(英文)
http://www.thedailybeast.com/
◎日本語版ウィキペディア「ジェイク・エーデルスタイン」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3
◎『2020年東京五輪の黒いカネ』(一ノ宮美成+グループ・K21、宝島社)


≪写真説明とSource≫
◎暴力団住吉会の福田晴瞭会長(右)の襲名披露パーティーに出席した田中英壽氏(左、現在はJOC副会長、日大理事長)
http://urashakai.blogspot.jp/2015/07/blog-post_22.html

*この写真について、アークレスト法律事務所の野口明男弁護士から「依頼者は本件投稿に掲載されている肖像画像の掲載を許可した事実はないため、依頼者に対する肖像権侵害に該当します」との削除要請がインターネットサービス会社経由で寄せられました。画像に写っている田中英壽氏から許可を得たわけではありませんので、要請を受けて2021年9月17日に削除しました。